卒業制度

スズキの卒業録音を語る

 スズキ・メソードの大きな特徴の一つが卒業録音です。会員向け機関誌No.170(2009年冬号)では、卒業録音の時期を迎えた5人の先生方にお集まりいただき、座談会を行ないました。指導者としてはもちろん、ご自身がスズキ・メソードで学ばれたり、親として、また検定委員として「卒業録音」に関わってこられた先生方に、いろいろな経験や思い出を語っていただきました。

指導者としての「録音」

牧野 私たち指導者にとっても、1年の中で大きな節目となる「卒業録音」の時期が、やってまいりました。
 昭和62年度のピーク時には1万5千本を越える卒業テープすべてを鈴木先生が、お一人で聴いていらっしゃいました。毎朝3時には起きて、8時までの5時間聴いていらしたそうですが、それだけでも凡人には、できることではありません。
 卒業録音の初期には伴奏がありませんでした。ある申請書に「この子は4歳なので、ゆっくりなテンポで弾かせました」とあったのに対し、鈴木先生は「私は83歳ですが、どのテンポで弾いたらいいのですか」と言われたそうです。そういう中から伴奏テープやレコードと一緒に録音するようになっていったのだろうと思います。
 さて、先生方、録音する時のお話をご紹介いただけますか?
小林 そうですね、自分が子どもの時は「これから録音よ」の一言で異常に緊張して、頭の中が白くなりました。その経験があったので、指導者になった今は、生徒を必要以上に緊張させないように「練習だよ」と言って録音を始めてしまいます。それで「今良かったね。ではこれを提出しよう」ということもあります。どのくらい生徒の能力が育ったかの確認なので、特に小さな子は普通に、そのまま録音しています。
 まだ未熟な頃は「さぁ行くぞ」というその私の気負いが、必要以上に子どもたちに伝わっていたと思います。
河地 私の場合は、生徒は録音日にある程度緊張感を持って来ているのに、演奏中にミスが出ると、途中で止めたことがありました。それで、その子の緊張が途切れてしまったり、最後まで気合いが入らなくなってしまったことがありました。それからは、特に長い曲を演奏する子にとって、そのいい緊張感をキープしてあげるのが、その時私にできる唯一のことだと気づきました。
 もちろん、過度な緊張は、良い演奏につながりませんが、気が散ることなく、思いを込めて演奏できるような雰囲気を心がけています。緊張感を生徒と共有することでしょうか。私も今までプレッシャーに負けたことが多々ありますので、生徒にはプレッシャーを乗り越えて、強くなってほしいという思いがあります。

高橋クラス録音風景

高橋 生徒の演奏は1回目の、いきなりの演奏が一番いいですね。気に満ちていて、感性が高いですから、録音の前に生徒が来て練習していると「弾かないで」と言ったり。それで録音の前には、逆さ弓で「アレグロ」を弾く程度にしています。録音の場で学ぶことも多いと思います。いつもより何倍もの集中と緊張をすると思いますし、その中でいつもより耳を働かせるので、その瞬間も勉強になります。
牧野 緊張と、何よりも集中ですね。高橋 そうですね、なかなか普段の練習では、ぎりぎりまでいくということがないですから。
小倉 親としてはそこのところは先生にお任せで、淡々と日々の練習を繰り返していただけなのですが、生徒に対しては、その子の真価を出せるところまで持っていけるかどうかですね。最初の頃は何度も録り直しをしていましたが、結局それは集中力を削いでいくし、1回目がいいという境地に達しました。
北澤 私の場合、真価を発揮させるタイミングを見極めるのが難しく、もっとよくなるのではないかとやりすぎてしまって、録音の時にピークを過ぎてしまったことがありました。締め切りまで時間がなくて、気持ちを入れ直させるのが難しかったという経験があります。
 また、きちんと弾くことだけに気持ちがいってしまって、生き生きした演奏にならないということもありますね。バッハの協奏曲イ短調を全楽章録音した時に、どうしても何か物足りない気がして、もう一度録音してもらいました。親御さんは、やはり「どこがいけないのか」という気持ちがあったと思いますが、本人に「とてもいいのだけれど、あなたらしさがないので、もう一度挑戦してみましょう」と話して、時間を置いて録り直したら、「ああ、こういうことだったのね」とわかってもらえました。いいものを引き出すのは難しいし、迷った時には、もう一度録る勇気も必要です。
牧野 今、ヴァイオリン科の場合、モーツァルトの協奏曲以上は生伴奏ですから、伴奏者をお願いして、会場も確保して、1回にかけるしかありません。でもそれは上級生にはいい機会で、極端な話、失敗すれば「また来年」ということが起こっています。そういう厳しさもあります。


卒業録音がもたらす意義

牧野 現在、ヴァイオリンとフルートは10課程、ピアノとチェロは9課程ありますが、卒業録音というシステムのもたらす意義をどう捉えていらっしゃいますか? どこにでもあるシステムではないと思いますが。
河地 子どもたちの指標にもなるし、励みにもなります。たとえば、前期初等科の録音を終えると、次は初等科が目標になります。それと、卒業曲には特に練習要素がたくさん含まれていると思いますので、いつも以上に、深く繰り返し練習することになります。チェロ科の場合、初めは卒業曲が1巻、3巻、5巻に入っているのですが、毎巻では大変だし、開きすぎると緊張感がなくなるので、巻数の間隔はちょうどいいのでは、と思います。
北澤 鈴木先生はよく「曲が弾けてからが、お稽古ですよ」とおっしゃいました。子どもたちは「弾けたらもういい」という感じになりがちですが、卒業曲は弾けてから、かなり長い時間お稽古して練り上げていきます。その中で、最低限ここまでは、ということを体験するのは大事なことです。よく弾けたとニコニコしている子どもでも、「もうちょっと、こうしようね」という課題は、小さいなりに分かりますし、親もこうすればよかったと思うことが出てくるようです。
 それはヴァイオリンだけでなく、日常の生活、勉強でも、ヴァイオリンであれだけやったのだから、勉強でもこのくらいしなくてはいけないという加減が自分でわかるということで、すべてに役立つ、意味のある大きなことだと思います。
高橋 そうですね。1巻からコツコツ勉強していくわけですけれども、時々こういう区切りや目標があると、がんばれます。卒業曲でいつもより深くていねいに、どのくらい力が出せるかということも含め、本人もお母さんも指導者も、じっくり時間をかけて取り組むチャンスだと思います。無事に録音が終わった時は「また次もがんばろうという気になる」と生徒たちも言っていました。意欲づくりと自分を高めていく上で、いい制度ですね。
牧野 発表会などもそうですが、録音は残りますから、小さい頃からある面でその子なりの完璧を求められることになり、その訓練に、このシステムが貢献していると思います。
小林 演奏が始まってから終わりまで、ひと息で歌い続ける、流れが欲しいですね。流れができるためには、やっと弾けるくらいではその状態にはならなくて、録音にはそれが最低限のレベルだというのは、どの先生もお持ちになっていると思います。規則立っているわけではありませんが、全国の先生が、それを共通のものとして持っているというのは、素晴らしいことです。
 外部の生徒さんにも、たまに触れる機会があるのですが、つっかえつっかえでも「一通り音が拾えたから次に行きましょう」という、鈴木先生が危惧していた育ち方もあるのです。それがスズキの中にないのは、卒業制度の持っている力だと思います。
 最近は新しい取り組みとして、前期初等科の前に「キラキラ星変奏曲」の録音が勧められているのも、とてもいいですね。「キラキラ星」の演奏に流れが出てくる頃には、もっと先まで進んでいるかもしれませんが、こういう状態になったら録音するということが、生徒や親に伝わるのは、メソードとしても、とてもいいことだと思います。
牧野 努力しないとその部分がクリアできないということが、初歩からわかるのはいいことです。
小倉 私もそう思います。卒業曲を深く勉強するというのは私も同じですが、子どもたちは何のために練習しているかというところは、なかなかわからないでしょう。ところが、卒業テープを録る経験を通して、日々やっていることがどういう結果につながるかを体感できています。それが音楽だけではなく、スポーツでも学校のことでも、すべてに通じることを体感できるのは大きいと思います。
 私の生徒を見ても、ピアノにしっかり取り組めている子は、ほかのことも素晴らしい能力を発揮していますね。それは卒業録音の大きな成果でしょう。


録音を通して見えるもの

牧野 かつて鈴木先生が聴いてくださっていた頃には、演奏の向こうに見えるものを聴き取ってくださったという体験を、皆持っていると思います。なかなか我々のレベルでは難しいことですが、皆さん、いかがですか?
小林 そうですね、その子そのものが音に現れてくると思います。私は、自分の指導の中で、その子の何が育ったのだろうということを考えながら録音しています。小さい時から学んできた成長の過程や、教える側としての喜びも見出すことができます。生徒の中に何が育ったかは、言葉では表わしがたいですが、音の成長がその子の成長と密接に結びついているのは確かだと感じます。
 それと「心配りができるようになってきたな」というのを演奏を通じて、すごく感じます。まだまだ修行が足りなくて、1本の卒業テープを聴いて、そこからその子がわかるというところには至っていませんが。

河地クラス録音風景

河地 日常のレッスンではついつい、気になるところを探し、直すことに時間を費やしますが、録音の時には、その子の良さ、その子らしさを出せているかを確認します。「入れ時」を言葉で表わすなら、伸び伸びしている時、楽器を良く鳴らしている時、のっている時とかでしょうか。逆にそれが感じられない時は、機が熟していない時です。
 以前、「1000回練習のあと、録音取りをする」という先生のお話を聞きました。私も、前期初等科だけは、これを実践しています。「1000回」という数字は本当に、本当に大変です。が、「1000回」親子で取り組んだ達成感と、実際それは素晴らしい音に結びついている気がします。1000回近くになると、フッといつもと違う音、その子の主張のようなものを感じるときがあり、「今かも」と思います。そのころは、いつもカバンに録音機を忍ばせて、スタンバイしています。昔、今のようにデジタル録音機ではなかった時には、お母さんにコンビニにカセットテープを買いに走ってもらったこともありました。
高橋 私の場合は、だんだん部分練習をしてできるようにするとか、苦手なところをたくさん練習するとかしながら、つなげて弾けるようにしています。それができたら録音してみて、と進めています。そして申請書を書きながら、もう一度その子のことを思い浮かべて、改めて録音を聴き直します。「結構ちゃんとやっているじゃない」「よく弾けている」と思ったり、自分の反省も再認識できますので、楽しい作業です。
小倉 その子の気迫、息づかいとか、たぶん鈴木先生もそういうところを聴いていらしたと思います。演奏の音に至るまでの動機ですね。検定委員として聴く時は、それが伝わってこないものはちょっと、と思いますし、もっと人間の根源的なものが集約されて出てきて、できたらそこまで聴きたいと思って聴いています。リズムや音程はもちろんですが、その子の気迫はテープからも感じることがありますので。ですから、そつがない演奏というだけでなく、その子の人間的なものを育てていくことにつながるのではないでしょうか。音楽にとどまらず、全人格的なものに関わってくるような。
小林 ヴァイオリンはピアノに比べ、旋律楽器ですので、それを紡ぎだしていく、そこに向かう気持ちというのは、音への集中力が必要とされています。意識的か、無意識的か、そこに向かっていく姿は、紛れもなくその子が環境の中から受け取り、先生や親のアドバイスを体現しようとした姿が表われます。検定委員だった頃も、この子はどんな風に一つひとつを感じて弾いているんだろうと、気にして聴くようにしていました。そうすると、そこに含まれているものは奥が深いなぁ、といつも感じています。それに気づかせてくれる制度だとも思います。
 うわべのものとして捉えるのは簡単ですが、どう受け取り、どう聴いて、どう検定するかというのは、非常に大きいものがそこにあります。いつもいつも、ハッとしながら聴いていますが、聴く側も試されていると思います。
牧野 鈴木先生のあとを私たちが引き継いでいるというのは、そういうことですね。
小林 とても厳しい世界です。
小倉 1万5千本聴いていれば、直観力というか、ワンフレーズ聴いただけで、その子を感じ取れると聞きました。悪いところをあげつらうのは簡単ですが、そういうことだけで優劣をつけるのではなくて、検定委員の立場としては、もう少し深いところで聴いてあげたいと思います。
牧野 ヴァイオリ科ならゴセックの「ガヴォット」、チェロ科ならバッハの「メヌエット第2番」というように、前期初等科の録音まで持っていくまでの過程は、いろいろな可能性を持って始まるスタートです。その時にスズキらしく取り組んでいくには、深く取り組まないといけません。
北澤 卒業テープを録音するということは、生活のすべてが出てくるのではないでしょうか。忙しい日常生活の中から、この大事なことに取り組まないといけませんから。それは子どもたちだけでなく、親の役割が、とても大きいと思います。一つのものに親子で心を集めて、それにどうやって取り組んでいくかということを考える、いいチャンスだと思うのです。ですから申請書に貼る写真1枚にしても、物事に取り組む時の姿勢が見えてきます。特に小さいうちは親が準備してレールに乗せることもありますので。私自身も、録音後は自分の反省ばかりで、子どもたちから教わることも多いです。

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意欲作りと反省と

牧野 皆さんご存知のように、検定が終わると、子どもにはテープが戻されます。そこには、卒業テープ感想カードと該当課程修了書を兼ねた鈴木先生の色紙が進呈されます。カードは通信簿のようなもので、次への「意欲づくり」につながるものです。
小倉 指導者には、子ども一人ひとりに対してのシビアな評価が別に戻ります。検定委員としては、たくさん書く項目がありまして、音やフレーズについてどうであるとか、CDをもっとたくさん聴かせてくださいとか、音の間違いが多いですとか、選ぶ項目も多く、最後に自由記載欄があります。演奏の中にはいくつもの要素がありますので、一つずつそうして評価するのはなかなか大変な作業です。楽章によっても違いますし、聴いた人が何をキャッチしたか、何を印象づけられたかということでもあります。ただ、よその先生が見たら、こうなのだという、ギャップはわかりますし、その後の指導に役立てたいところです。
牧野 検定委員の先生方は、年末年始で録音を聴かれますが、その時間を確保するのも大変なことです。
小倉 さすがに朝3時とはいきませんが、6時半から8時半までと決めて聴いていました。聴く方にも心構えが必要で、あれこれしながらでは聴けません。何度も繰り返して聴かないと、とてもチェックはできませんし、細かい項目をきちんと聴く、責任が重い仕事ですから、居住まいを正して、正座して、という感じです。とても勉強にもなりますけれど。
高橋 そうですね。1回聴いただけでは済みません。一通り聴くと、最初の方に戻ったり。それに評価にばらつきがないように、全体のレベルを感じてからもう1回聴くわけですから、時間がかかります。
牧野 それにテープは何回かに分けて送られてくるので、自分の中で毎回の聴くレベルを合わせないといけません。前の方が厳しかったかなと思ったりしますから。ただ、自分以外の先生に評価していただくのは勉強になります。
小倉 反面、いろいろな先生が聴かれるということは、評価は一定でないということです。ですから絶対評価と受け止められない方がいいでしょう。
高橋 こちらでよかったと思っても評価されなかったり、ちょっと、と思ったら褒められたり、それはその先生の見方なのだとわかります。ですから検定委員も、ぜひ皆さんがなさるといいと思います。
牧野 鈴木先生ははっきりおっしゃっていますが、録音は指導者の評価でもあり、指導者のレベルのばらつきを危惧されて、統一させるためという目的があったと思います。それで、当時まだ珍しかった最先端の録音機を取り入れました。指導者としては録音テープを提出するのは大変エネルギーのいる行為ですし、この時期必死になって、終わると反省ばかりです。
河地 無事に本部へ発送した後は、肩の荷が下りた感じでホッとします。

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良い卒業テープとは?

牧野 ところで、良い卒業テープとはどういうものでしょうか? かつて鈴木先生は「その子の生命力を感じるもの」とおっしゃいました。
小倉 東誠三先生も指導者研究会でおっしゃいますが、いい音楽を聴いて学習するのだけれど、、最後は自分の言葉で話している、それが感じられる演奏が、いい演奏とおっしゃいます。調教されているのではなく、1000回でも1万回でも弾いて自由になって、心が投影されていないとできないでしょう。
 それと、音響がいいところで録音できると、音質によって印象が違ってきます。それは検定委員をして、いろいろなテープを聴いて、差を認識してよくわかりました。
小林 生き生きとした演奏は、誰が聴いても「いいよね」と思います。もちろん弾けていないと生き生きしません。その音の背景に生徒の姿が見えてくるような生き生きさがあります。そういう時は「こんないい演奏をする生徒がいるんだ。聴かせてもらって嬉しい」というハッピーな気持ちになります。そういう演奏が全国にいくつもあって、そこではいい指導がされているでしょうし、本人も前向きに取り組んでいて、それが現れている。決してやらされている演奏ではないことがわかります。
高橋 きちんと楽譜どおり弾けていることが、まず大事ですけれど、聴いていると平坦な感じの演奏が多いのも事実です。スズキ・メソードでやっている以上、スズキ・トーンの勉強をして、パンチがあって、小さいながらにも楽器を鳴らしきっているような演奏は聴いていて気持ちがいいです。きっとその子の中にあるパワーが出ているのではないかと思います。
河地 最近よく「ロボットになったつもりで弾いてみて」とわざと言うのですが、物理的にいい音になったら、それにもう一つ加わるもの、それを私は「エキス」と呼んでいます。まさに鈴木先生の「音に命あり」だと思うのです。バリバリ弾いていても伝わってこないのは、エキスが効いていない。言葉で表わすと難しいですが、物理的ないい演奏の上にそれを感じた時、それが出ていた時、そう感じます。

第一回卒業式 卒業証書

牧野 スズキはまさに親が子を育てますが、親からもらった音、これは否定できないと思います。「音味」ですね。子どもが意識しないうちに育てられていて、それがスズキの原点です、まさに鈴木先生のおっしゃる「親次第」です。それプラス技術的なことであったり、自分の人生、特に思春期に獲得していくものではないでしょうか。時々、レッスンの時に「それはあなたが親からもらった味よ。あなたのものを加えて」と言いますが、そこに関わっていくのが指導者です。
小林 昔、研究生だった頃に、よい卒業テープがあると、鈴木先生が「さぁ、皆で聴きましょう」と本当に嬉しそうでした。子どもにはこんな可能性があるし、一人の子にあるということは、すべての子にその可能性があるということですよ、と。
北澤 そうですね。鈴木先生が「これが、いいテープですよ」と聴かせてくださったものは、感性を持っていて、その先の可能性を感じるものでした。伸びていこうという力を封じ込めないで、もっと先があるということを頭において練習する。卒業録音はここで終わりではないので、次への意欲を残しておけるような状態で弾けることが大事ではないでしょうか。その子その子で違うし、私はその子の精一杯が大事だと思うので、思うところまで来なくても、次に向けてがんばろうという意欲があったら提出しています。そのあたりの見極めは難しいですが。
牧野 ずいぶん昔に、バッハの協奏曲イ短調の録音を、同時に7人出したことがありました。自分なりに徹底的に指導して、結果的には良かったのですが、その後の成長を見て、こちらが都合よく教えるだけではだめだと痛感しました。山村晶一先生にも「指導をしすぎてはだめですよ」とよく言われていたのですが、若くて夢中で、その頃はわからなかったです。型にはめることで、その子の芽を摘んでいるのは怖いことで、余地を残さないといけないと気づきました。
北澤 私も森先生に「新鮮さを失わないように持っていかないといけない」とよく言われました。子どもたちの新鮮な気持ちを大事にしなさいということだと思います。
小倉 自由自在と言っても、そこに惰性が出てはだめです。いろいろ考えてみると、やはり良いテープは、良いテンポ感、良い音、良い流れが音楽の基本として大事で、そこは聴きたいところです。その上にプラスアルファがあるのでしょう。
 鈴木先生はよく「お手本よりちょっと上手になったら録音してくださいね」と合言葉のようにおっしゃっていましたね。
牧野 そうですね。「お手本のテープは練習していないけれど、皆さんは毎日練習しているのだから」と。
 鈴木先生が「日本中の子どもたちの弾く音を聴きたい」と始められた卒業録音ですから、これからもスズキの誇れるシステムとして、毎日の練習や指導に、しっかり活かしていきたいと思います。

会報


 最後になりますが、鈴木先生がヴァイオリン科の卒業について、思いを綴られた文章が当時の機関誌に掲載されました[左画像](⇒拡大表示)。今見ても、先生のお考えがよく分かります。
小林 鈴木先生が理想に燃えて、エネルギッシュにされているのが印象的ですね。
北澤 今、「ラ・フォリア」の前にこれだけのことをやるのは大変なことです。鈴木先生はそういう揺るがない厳しさをユーモアで包んで、やる気にさせる工夫がとてもお上手でした。私たちはいつも目標を身近に、生活の中に取り入れられ、それも世界最高のものをお手本にできました。それが世界へ向かって、というような表現になるのでしょう。そのすごさが、より分かってきました。


河地 姿勢を正して、もう一度取り組まなければと思い返しました。鈴木先生は部分、部分でなく、広く全体を見ていらっしゃいます。それがいかに大事か、でもいかに難しいか、でもやっていかなくてはと、新たな発見をしました。
高橋 これが卒業テープの始まりなのかな、ということと、一つずつこなして次にいくことなど、きちんきちんと順を追って進めていくことが大事で、高いところを目指したやり方なのだと思いました。
小倉 これはスズキの黎明期で、質の高さを目指されたのだと思います。アイデアマンで、思ったことを打ち立て、提案をしてこられた先生の行動力は素晴らしいと思います。
牧野 先ほどのお話にもありましたが、わたしたち指導者も、そして親も子も居住まいを正して、もう一度卒業録音の意義を皆さんに感じていただければと思います。

 今日は長時間にわたり、どうもありがとうございました。今年も全国から良い録音が集まることでしょう。

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  • 【座談会】卒業録音を語る *敬称略
  •  小倉浩子 (ピアノ科指導者)
  •  小林庸男 (ヴァイオリン科指導者)
  •  高橋節子 (ヴァイオリン科指導者)
  •  北澤久美子 (ヴァイオリン科指導者)
  •  河地正美 (チェロ科指導者)
  •  (司会)牧野千世 (ヴァイオリン科指導者)
  • 小林先生
    小林庸男先生 Tsuneo Kobayashi
    1980年より関東地区ヴァイオリン科指導者。5歳より逗葉支部の大塚雪子先生に師事。高校、大学時代に鈴木鎮一先生の著書や実際の指導に直接触れ、指導者の道に進むことを決意し、才能教育音楽学校に進んだ。現在、才能教育研究会常務理事
  • 小倉先生
    小倉浩子先生 Hiroko Ogura
    1970年よりスズキ・メソード関西地区ピアノ科指導者。才能教育運動が拡がる中で、全国のピアノ・レスナーに送られた鈴木先生からの手紙と生徒の録音テープがきっかけとなり、今まで教えてきた生徒、そして長女をスズキ・メソードのピアノ科に。続いて次女、三女がヴァイオリン科に。生徒の親としての経験も。現在、才能教育研究会常務理事
  • 高橋先生
    高橋節子先生 Setsuko Takahashi
    1973年より関東地区ヴァイオリン科指導者。5歳よりスズキで育ち、山下恭子先生、広瀬八朗先生に指導を受ける。東京藝術大学在学中にスズキの教室を代教し、そのまま助教として教室を継いだ。のちに娘も広瀬クラスに入門、母としての関わりも長い
  • 北澤先生
    北澤久美子先生 Kumiko Kitazawa
    1985年より甲信地区ヴァイオリン科指導者。3歳より松本支部の森ゆう子先生に師事。6歳から5回にわたり「スズキ・テンチルドレン」のメンバーとしてアメリカ、ヨーロッパの演奏旅行に参加。才能教育音楽学校卒業後、ウィーン国立音楽芸術大学へ留学
  • 河地先生
    河地正美先生 Masami Kawachi
    2000年より関東地区チェロ科指導者。5歳より、関西地区の野村武ニ先生の下でチェロの指導を受け、先生の助手に。その後、結婚10年のブランクを経て、復職
  • 牧野先生
    牧野千世先生 Chise Makino
    1964年より東海地区ヴァイオリン科指導者。5歳よりスズキで育ち、東海地区の余吾仁三郎先生、山村晶一先生の情熱に導かれ、山村先生の助教としてスタート。現在、才能教育研究会理事