教室めぐり

3.高知県「人生の転機をバネに、子どもたちの成長を願う」

高知支部 金子クラス

高知市介良294

TEL:088-860-0432

連載企画「教室めぐり」、今回は、南国土佐、高知県のヴァイオリン教室を訪ねた。
金子典子先生とその教え子でもある依岡由起先生は生っ粋の土佐っ子。
訪ねたその日に梅雨明けを迎えた高知市内は、暑かったこの夏を象徴するかのような青空だった。


 「肘下げて、親指決めて!」
高知市文化プラザ(通称かるぽーと)のスタジオで、金子典子先生の土佐弁が、何度も繰り返された。そのたびに、小学校3年生の有光慶展君はネジを巻かれたように、右手にすべての神経を集中する。

 これは、弓を持つ右手の極意として、松本音楽院時代に鈴木先生から金子先生が徹底的に教えられた言葉だそうだ。1966年頃のこと。「親指のシワを伸ばして」というフレーズも金子先生はよく使う。 シワとはなんだろう?と思いながら弓を持つ動作をしてみると「あ、そうか」とわかる。弓を持つ右手の親指が伸びていると確かに関節の部分にシワができ、当然正しくない持ち方になる。反対に親指を決めるとシワは伸び、正しい持ち方になる。これは「弓ふり」と同じで、親指を決め、きちんとした持ち方をしていることで、弓先までしっかりとした音を保つ基本練習になるというわけだ。

 金子先生の母、徳永静子先生は全国に拡大していった才能教育運動に共鳴した指導者の一人。その当時、ヴァイオリン研究グループに所属していた。「年に1回の指導者研究会にも熱心に通っていましたから、その期間は父子家庭でした」と金子先生は笑うが、その背中を見て育ったことは確かだ。母の手ほどきで就学前にヴァイオリンをスタート。指導曲集4巻で、研究グループの田中昇先生に師事。高卒後は、伯父の楽器店に就職するかたわら、大好きな田中先生のお手伝いをする道筋を歩むはずだった。ところが、高校3年生の時、田中先生が急死。母が田中先生の教室を継ぎ、「人生が大きく変わった」という金子先生は松本へ。指導者になって「早く母を手伝わねば」、の心境だったという。

 2年半を過ごした松本音楽院には、鈴木先生の思い出がぎっしり詰まっている。悪い例のサンプルで名指しされることが多く、毎回がテストだった。反面、それだけ指摘される幸せも感じたという。また、当時は無口だったので、鈴木先生から「ヴァイオリンよりも話す練習をしなさい」と言われることも多かった。それだけに、無口な子どもに出逢うと「いつか私のように話せます」とお母さんを安心させる自信がある。

 還暦を迎える今年、誕生日の10月8日は、母から受け継いだ高知支部の第47回演奏会だ。5巻 ヴィヴァルディの協奏曲g moll 終了後~(A)、3巻~5巻 g mollまで(B)、1~2巻(C)の各クラスが、高知支部弦楽団として日頃の成果を披露する。教え子でもある依岡由起先生(次頁で紹介)と毎月1回合同で行なうグループレッスンでは、5月頃からこの秋の演奏会に向けて、バルトークの「ルーマニア民族舞曲」などを用意してきた。また、当番制で2~3年に1回、舞台でソロを演奏する春の独奏会も大切にしている。

 取材当日、金子先生の自宅では特別にミニグループレッスンもあった。曲ごとに「作曲は誰?」「メヌエットの意味は?」と問いかける先生。子どもたちが答え、曲が次々に進行する。レッスン後、「指導者の道を選んでよかった」と話す金子先生からは、子どもたちが成長する手助けをする人生を選んだ充実感がみなぎっていた。そして鈴木先生の所に送りだした両親への感謝の気持ちを強く感じた。来年、指導者として40周年。さらに飛躍の年を迎える。

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