先輩こんにちは

座談会 (機関誌152号より 2005.5.16発行)

子どもたちはレッスンを続けていく中で、さまざまな壁に直面します。幼児ならば毎日の生活におけるお稽古の習慣づけをどうするか、小学校高学年や中学生なら部活動や塾通いとの両立をどうするか…。レッスンで取り組む曲の難易度の影響も、けっして少なくありません。
こうしたさまざまな壁を乗り越えるためのさまざまな工夫や克服方法、親の心構えについて、3人の先生方の豊富なご経験に基づく貴重なアドバイスをいただきました。

牧野 郁子(ヴァイオリン科/常務理事)
星 洋子(ピアノ科/理事)
久保田 顕(チェロ科/理事)


牧野 郁子

牧野 郁子(ヴァイオリン科/常務理事)
曲はなかなか進まなくてもそれは目先の問題。
そこでやめると、内面では豊かに育っているものをからしてしますのです。


星 洋子

星 洋子(ピアノ科/理事)
生活習慣としてのお稽古の継続は能力の貯金。
みじかい時間でも上手にお稽古できるようになります。


久保田 顕

久保田 顕(チェロ科/理事)
お母さんの1日は指導者の1年。
スパンを長く持ちひとつのことをつズケ手いくのが教育です。


レッスンの壁、こうして克服。

司会
お稽古の悩みというのは、基本的には楽器の種類に関係ない、共通のテーマだと思います。先生方のご経験から、いろいろな事例をご紹介いただければと思います。
実際問題、幼児や低学年の子どもにお稽古の習慣をつけさせるというのは大変なことなのでしょうか。


幼稚園に行く前のお子さんの場合は、遊びながら1日に何回かに分けてレッスンさせるのもいいようですね。幼稚園に行くようになってからは、幼稚園に行く前、帰ってきておやつを食べた後、それから夕食の後など、回数を分けて練習するという方法もあります。

久保田
レッスン見学のころから、お母様に「お稽古の習慣づけ」をお願いします。まず最初にご家庭でも「お稽古ごっこ」をしてもらうのです。弓の代わりに鉛筆、チェロの代わりに箱でも何でも結構。お母さんは先生役、「先生お願いします」とご挨拶で始めて「先生ありがとうございました」とご挨拶で終わる。これを習慣づけるという意味で「お母さん、食事がすんだらちょっと片づけを待って『お稽古ごっこ』をしてあげてくださいね」とお願いします。食事をしたら歯を磨く、朝起きたら顔を洗う、これと同じように子どもにとっての生活の習慣、毎日の営みの中に早く組み込んじゃう。毎日お稽古をすることを苦痛に思うこと自体がいけないと思うんですよ。要するに、子どもに「お稽古しないと気持ち悪い」と言わせたいわけですね。

司会
そういう習慣は、どのくらいの期間で身につくものなんですか。

久保田
親次第ですが、1年や2年はかかります。いまの親御さんにいちばん言いたいことですが、子どもは1日や2日で変わるものではない。人間を変えるわけですから。教育というのはそういうものです。そういう意味では、お母さんが思っている1日はわれわれの1年。そのくらいの違いがあります。スパンを長く持っていただきたいですね。

牧野
やはり大切なのは見学の時期ですね。子どもに私は「お約束があるのよね、ここに来てお稽古するには。朝から何にも食べない日がお稽古しなくていい日。お約束できるかな?」って。お母さんはびっくりしますが、子どもは「うん」って(笑)。お稽古というのは毎日しなくてはいけないものなので、「いちばん子どもさんが落ち着いている時間帯を見つけて、お稽古の時間を作ってください」とお願いしています。お稽古を始める前のご挨拶「先生お願いいたします」から、明日から決めた時間に始めていただきたいと言うんです。

習慣というのは、長い時間がかかるから習慣になるんですよ。習慣になると、学校行事か外出で、その日ヴァイオリンを弾くことができなかった子どもが、「今日はヴァイオリン弾かなかった!」って、お布団の上で、パジャマ姿でキラキラ星や簡単な曲を弾くとせいせいして「お休みなさい!」って。素晴らしいことだと思うんです。

お稽古と遊びを両立するには子どもの気持ちを尊重しつつお稽古の時間を工夫すること

牧野
いまはご両親でお仕事を持っている方が多いですが、感心したのはご夫婦で朝早く起きて、幼稚園に行く前にお稽古させて、それから会社に行くと。私は頭が下がりました。それから学校の帰りにお友だちを連れて帰ってきちゃう子がいるんですが、それはお稽古を避けたいからなんですね(笑)。そういうときは、朝ちょっと時間を割いてお稽古するといいですね。

ただ、そこでお母さんがあまり子どもとやりとりすると、学校なり幼稚園に行ったときに、それが疲労として残ってしまってはいけないから、「朝は復習にしてください。そして、帰ってきてからいまやっていることをお稽古するとか。そのときの状態によってケースバイケースだと思うんですけど、分けてお稽古したらどうですか」とお話しています。

久保田
それに、朝はやっぱり送り出すわけでしょ。そのときに親は、叱って出せないんですよ。「お子さんを良い顔で送り出したいでしょ?お母さんご自身のお稽古になりますよ。 短い時間で、嫌な思いさせずに子どもさんを出さなきゃいけないでしょ」と言うんですけどね。

牧野
私も同じことを言いますね。朝は時間に限りがあるから、ずるずるお稽古できませんでしょ。親のほうも冷静にならなきゃいけないし。

司会
そうすると、やはり1日に小刻みに3回とか、練習を複数設けるというのは基本なんですね。

久保田
それは本当にケースバイケースですよ。僕は、「お稽古は基本的にこうでなければならない」というのはないと思うんです。我が子に一番合う方法を作り出されれば良いと思うんです。

「音楽する喜び」がきちんと身につけば、忙しくなっても子どもはお稽古を続けます

司会
それでは次に、子どもの学年が上がってきて、部活や学校の行事などで時間を取られる。また、学習塾や家庭教師が避けられないといった中で練習時間を確保するためのアドバイスをいただきたいのですが。

久保田
少なくとも、その時点で自分が続けていく喜び、音楽をする喜びを知っていれば、何でもないことですよね。苦労する人は、たいていはそこの習慣ができていない。「部活や塾でできない」というのは、練習する習慣が自分のものになっていないということですね。

牧野
グループレッスンなどで、上級生を目にしますでしょ。「よくあそこまで続けていらっしゃいますね」と驚かれる方がいるわけです。だけどそれは、小さいうちにお稽古する習慣が身についているから、ある程度のレベルまで行っているわけなんです。音楽をする喜びができているんですね。「だからいまが大事なのよ、お母さん。あの子たちは本当にお稽古することが習慣になって、楽しいこと、音楽をする喜びを知ったから」と。短時間でも練習が身につく習慣ができている。そのくらいになると、彼らの集中力はすごいです。実際に受験勉強している子どもが言うんです。「ヴァイオリンを弾いてから勉強すると頭に入る」って。そして、そういう子は受験もスムーズにいっています。(笑)。そういう例をずっと見てますから、新しく入られた方に、スズキ・メソードの説明と「こういう素晴らしい能力が育つんですよ」ということを折に触れてお話ししています。そうすると、お母様たちも、習慣の大切さを実感されるようです。


あと、上級生になってもお稽古が続けられるということの大きな理由は、生活習慣としてのお稽古で、能力の貯金ができているからなんです。だから短い時間でも上手にお稽古できるんですね。能力の貯金ができていない子は、だらだら時間がかかるんです。能力を貯める子は部活だろうが試験だろうが、休まずにお稽古に来ます。

久保田
僕はチェロですので、男の子の生徒が多いんです。男の子は好きになるとお稽古するようになる。それじゃ、どうして好きになるかっていうと、上手に弾けるようになると好きになる。

牧野
そこには喜びがあるのよね。

久保田
ある生徒が5年生のころでした。「レッスン場で楽器をケースにしまったら次のレッスンまであけない」という状態が続きました。一度内緒で楽器に印をつけておいたんですが、次の週もそのまま。「本当に君って1週間楽器を出さなかったんだね」と思わず言ってしまいました(笑)。

中等科のヴィヴァルディのソナタをお稽古中だったのですが、半年くらい同じ状態でした。それでも少しずつ上手になって1年後には何とか卒業テープが録音できました。本当なら前の年に録音できているんですよ。さすがに「もうこの曲弾くの嫌いだろう?」って聞いたら「いや、大好きだ」と言うんです。「どうして?」と聞いたら「上手に弾けるから」って。彼はその後すっかりチェロが好きになって、社会人の今でもチェロのない生活は考えられないそうですよ。

子どもは「下手だからお稽古する」のではなくて、「上手に弾けるからお稽古する」んです(笑)。

牧野
いますよ、1週間弾かないでヴァイオリンだけ持ってくる子が(笑)。でも、親は「お稽古しないからやめさせようと思う」と言いますよね。「今はそうだけど、ずっとそうだと思いますか」と言うんです。来て同じ曲を弾いて帰るんです。「曲は進まないけれど、それは目先の問題で、続けていれば能力は育っているのです。ここでやめたら、今の状態だったら残るものは少ないでしょう」と。子どもの中にはいっぱいいろんなことが育っているのだから、それを急いで枯らすことはないでしょうっていうようなお話をしますね。

それをわかってくださる親は、子どもさんもいつか立派な音に変わって、気持ちのある演奏をします。目先の得を追わず、内面の豊かさを求めてほしいです。

力を蓄えれば必ず成長する子どもの成長を見守るには親のおおらかな気持ちが大切

司会
先ほどから、音楽の喜びを見つけられた子どもが、音楽以外の勉学の面でもすごく能力を発揮するというお話をうかがっているんですけど、そもそもレッスンには「壁」というもの、お稽古を続ける上での障害というものはあるんでしょうか。

久保田
能力には、表面上に見える能力と、その能力を貯めていく時期というのがある。お稽古というのは、ずっと同じようにやっていたとしても、一直線には向上しないんです。

最初のキラキラ星はだいたい1年かかりますけど、100回、200回…とやって、ある回数になると、ふっと変わるんですね。「上手になったかな?」って。パッとあるときに進歩がある。それがまたずっと横ばいで行って、蓄えてくるとまたパッと上がる。お母さんから見ると、蓄えている時期というのが壁だと思っているかも知れないですね。僕らから見ると、その時期は肥やしの時期。春になって芽が出るまでの大事な時期を見続けているわけです。

牧野
やはりキラキラ星はいちばん大事で、弾き込んでいくことによっていろいろな能力が育つんです。でも、お母様たちはやっぱり心配なんですよ。「まだ進まないの?」って(笑)。それを「これが、きちんと弾ければ、この教則本の半分はもう弾けていることになるのですよ」という話をするわけですね。キラキラ星が立派にできた子どもさんは、本当に育つのです。

久保田
スズキ・メソードのいちばんの根底というのは、とにかくできることを繰り返すこと。まず一つの能力を育てるということです。できることを繰り返すことによって、実能力を育てることです。楽しんで、喜びの中でね。続けていると、知らず知らずのうちに実能力が育っているわけですから、いわゆる「壁」だったものが小さな畝になることで、簡単に超えられるんです。

司会
面白いですね。確かに壁には高さもあるかも知れませんが、本人ができることを繰り返していれば、自分の方の立っている位置が上がっていって、単純に壁の向こうに行けるということですね。

久保田
そうです。実能力があれば壁も畝になるかも知れないけれど、そうでない人にとっては大きな山の峰になっているでしょうね。


鈴木先生はいつも、「成長というのは決してなだらかな斜線ではなく、階段式だよ」とおっしゃっていましたけど、本当にそうですね。

牧野
待つことの大切さっていうのは、指導者もそうだし、親もそうですね。同じことを繰り返していて、ある時ふっと変わるんですものね。子どもの中から変わって、パッと飛躍する時があります。

久保田
それは指導者なら見ていてわかるんですよ。「あ、始まったな」という感覚です。


そうですね。「始まったな」っていう感じを捕まえるときは、指導者冥利に尽きますね。

司会
今日はお稽古を続ける上で多くの具体的な提案をいただき、非常に有意義な時間だったと思います。先生方には示唆に富んだお話をありがとうございました。

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