略歴

鈴木 鎮一

1898年(明治31) 10月17日、名古屋市に生まれる。
父政吉は日本における最初のヴァイオリンを製作(明治21年)、名古屋に鈴木バイオリン工場を設立した。
1916年(大正5)
【18歳】
市立名古屋商業学校卒業。
1920年(大正9)
【22歳】
上京。徳川義親侯爵家に寄宿し、ヴァイオリンを安藤幸(幸田露伴の妹)に師事。
1921年(大正10)
【23歳】
徳川侯爵らの世界一周旅行に同行し、ドイツ・ベルリンに渡る。ベルリン・ホッホシューレ(高等音楽学校)のカール・クリングラー教授に学ぶ。 レッスンの日時や曲目について、やり取りした際のクリングラー教授の手紙や葉書が残されている。»手紙(左) »葉書(右)



【日本語訳】
1927年9月27日
親愛なる鈴木さん
昨日、私も帰って参りました。
そこで、木曜日の9時にレッスンにいらして下さると嬉しいです。
お目にかかった上で。
いつも心から
貴君のカール・クリングラー


【日本語訳】
親愛なる鈴木さん
1月26日、月曜日の5時にレッスンにいらして頂くべく、お待ち出来ます。
曲としてはヴュータンの「バラードとポロネーズ」をお薦めします。
心からのご挨拶をもって
貴方のカール・クリングラー
1925年1月22日
また、相対性理論で有名なアルベルト・アインシュタイン博士の薫陶を受け、博士から大きな影響を受けた。 1926年には「鈴木鎮一様 思い出に アルベルト・アインシュタイン」と書かれた、 自画像を贈られた。»自画像
1928年(昭和3)
【30歳】
ワルトラウト・プランゲと結婚し、帰国。帰国後、3人の兄弟と『鈴木カルテット』を結成、活発な演奏活動を始める。国立音楽学校の講師を務める。
1931年(昭和6)
【33歳】
当時ロシアの世界的ヴァイオリニストであったアレキサンダー・モギレフスキー教授らとともに、帝国音楽学校を東京に設立、教授に就任。その後校長に就任。
1937年(昭和12)
【39歳】
江藤俊哉、豊田耕兒、小林武史・健次兄弟、鈴木秀太郎、有松洋子らを指導。
1943年(昭和18)
【45歳】
長野県木曽福島に移る。
1946年(昭和21)
【48歳】
長野県松本市下横田に松本音楽院を開設、院長に就任。後に、才能教育研究会の前身である『全国幼児教育同志会』を結成。
1948年(昭和23)
【50歳】
同志会を『才能教育研究会』と改称。
1950年(昭和25)10月
【52歳】
文部省より『社団法人 才能教育研究会』の認可がおりる。
1951年(昭和26)8月
【53歳】
長野県霧ヶ峰高原で第1回夏期学校開催。全国から109名の子供たちと11名の指導者が集う。
1955年(昭和30)3月
【57歳】
東京体育館において第1回全国大会(グランドコンサート)開催。皇太子殿下始め、皇族方のご臨席を仰ぎ、多数の各国外交団も出席。1,200名の生徒によりヴァイオリンの大合奏。
1964年(昭和39)3月
【66歳】
10名の子どもたちによる第1回訪米演奏旅行。米国全土の音楽教育界に”スズキ・インパクト”と呼ばれる大きな影響を与えた。
1966年(昭和41)10月
【68歳】
著書『愛に生きる』を講談社より出版。第2回訪米演奏旅行。全米19都市で演奏と講演、熱烈な歓迎を受けた。以後、訪米演奏旅行は回を重ね、1994年の演奏旅行で30回を数えた。
1967年(昭和42)
【69歳】
才能教育会館竣工。
1975年(昭和50)
【77歳】
第1回世界大会をハワイにおいて開催。日本・アメリカ・オーストラリアなどから870名余りが参加。
1978年(昭和53)4月
【80歳】
日米親善コンサートのため100名の子どもたちとともに訪米。ワシントンのケネディセンターで行なわれたコンサートには、カーター大統領夫妻も出席され、日米200名の子どもたちの演奏に大統領も感激、国際親善の暖かい光景を展開した。
1979年(昭和54)
【81歳】
松本市の名誉市民となる。
1983年(昭和58)7月
【85歳】
第6回世界大会を松本で開催。世界22ヵ国から指導者・生徒・父兄が約1,500名参加し、レッスンを受ける。
1986年(昭和61)12月
【88歳】
米寿記念コンサート「鈴木鎮一と”キラキラ星”たち」がサントリーホールで開かれる。
1991年(平成3)
【93歳】
英サンデータイムス紙の特集「20世紀をつくった1000人」の中の1人に選ばれる。1000人中、日本人は11人。
1994年(平成6)
【96歳】
95歳祝祭コンサートがサントリーホールで開かれる。
1996年(平成8)
【98歳】
鈴木鎮一記念館が開館。
1997年(平成9)
【99歳】
専修学校国際スズキ・メソード音楽院開校。名誉校長に就任。
1998年(平成10) 1月26日永眠。享年99歳。

受賞歴等

海外からの受賞
1969年 ベルギー ユージン・イザイ財団 イザイ賞
1972年 カナダ・ウィニペグ市 名誉市民
1973年 アメリカ・フィラデルフィア 人間能力開発研究所 スペクトラム賞
1978年 アメリカ・ジョージア州アトランタ市 名誉市民
1982年 フランス 教育功労勲章
1982年 アメリカ・ルイジアナ州モンロー市 名誉市民
1985年 ドイツ連邦共和国 功労勲章一等功労十字章
1985年 イタリア・ベネチア賞協会 ベネチア賞
海外の大学から音楽博士・名誉音楽博士号
1966年 アメリカ・ボストン ニューイングランド大学
1967年 アメリカ・ケンタッキー ルイビル大学
1972年 アメリカ・ニューヨーク ロチェスター大学
1982年 アメリカ・ルイジアナ州 ノースイースト・ルイジアナ大学
1984年 アメリカ・オハイオ州 オベリン大学
1990年 アメリカ・オハイオ州 クリーブランド音楽大学
1990年 イギリス・セントアンドリュース大学
1992年 アメリカ・ニューヨーク州 イサカ大学
1992年 アメリカ メリーランド大学
日本における受賞
1951年 第2回 中日文化賞
1961年 第7回 信毎文化賞
1970年 勲三等瑞宝章
1976年 第6回モービル音楽賞
1979年 松本市 名誉市民
1982年 ソロプチミスト日本財団より第1回千嘉代子賞
1983年 国際交流基金賞
アメリカにスズキデー設立
ジョージア州アトランタ市 4月13日
イリノイ州 10月3日

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