日本から世界へ

1本のフィルムの衝撃

1955年(昭和30年)に開催された第1回全国大会を記録した映画のフィルムが海を渡ったのは、1958年4月のことでした。このフィルムがアメリカ合衆国オハイオ州オべリン大学で上映されました。

日本の5歳~13歳までの子どもたち800名が演奏するバッハのドッペルコンチェルトを記録した、わずか6分間のフィルムを見て「これは単純なる音楽教育ではない。これだけ大勢の子どもたちを、これだけ高い水準にまで教育するのは、誰にでもできるものではない。この背景には、きっと何か哲学的なものがあるに違いない」と弦楽器指導者に衝撃を与えたのでした。

その後、多くの指導者たちが何度も松本を訪れ、日本での指導法をつぶさに研究。その実体をアメリカに伝えたのでした。


世界に種を蒔いた10チルドレンツアー

フィルム以上に衝撃を与えたものは、1964年からスタートした「10人の子どもたちによる演奏旅行」(10チルドレンツアー)です。30年間に世界中をまわりました。どの国でも、その演奏は大きな感動を呼び、その国でのスズキ・メソードの誕生につながっていきました。

同時に、世界からカザルスやグリュミオーなど、名だたる演奏家たちが来日し、鈴木鎮一先生との親交を深め、スズキ・メソードの子どもたちとの交流に力を注ぎました。

そうして世界中にスズキ・メソードの芽が伸びてきた時に実現したのが、世界大会です。
「松本の夏期学校のように、世界中のスズキの先生が一堂に会いすることができたら」という願いから、まず1975年にハワイで開催。以後アメリカ本土、ドイツ、カナダ、オーストラリア、韓国、アイルランド、イタリア、そして松本で回を重ねています。

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