9月19日(日)ロイス・シェパード先生によるZoomの講演会に、
16ヵ国、83名のスズキの指導者が参加しました! 

 

Zoom Meetingに参加されたスズキ指導者たち

 機関誌で「鈴木鎮一先生の思い出」を連載されているオーストラリアのヴァイオリン・ヴィオラ指導者、ロイス・シェパード先生によるオンライン講演会が、9月19日(日)にZoomで開催されました。参加した国名を記してみましょう。オーストラリア・スペイン・ベルギー・イギリス・フィンランド・イタリア・フランス・ポーランド・アイスランド・ドイツ・ロシア・リトアニア・エストニア・ウクライナ・スイス・そして日本。16ヵ国のスズキ指導者(ピアノ、ヴァイオリン 、チェロ、ギターなど)83名が、シェパード先生による講演「Man is the Son of His Environment(人は環境の子なり)」を通して、スズキを学び合う絶好の機会となりました。
 

ルース・三浦先生

 呼びかけられたのは、スペイン・バルセロナのピアノ科指導者、ルース・三浦先生です。現在、編集部と進めている「鈴木先生のマンガ物語」英訳版の編集・校正を担当されているほか、マンスリースズキでは、海外でのスズキ関連の情報を常にたくさんご提供いただいたり、オーストラリアでのシンポジウムで講演、ポーランドの先生方とのオンラインディスカッションなど、八面六臂のご活躍です。最近では、2020年11月号のマンスリースズキで、リトアニアの「杉浦千畝ウィークでスズキの子どもたちが演奏した話題」をレポートしていただきました。このファミリーツリーの樹形図もルース先生の作品です。日本からスタートしたスズキ・メソードは、現在74ヵ国と地域に拡大していますが、その一端がこの日のZoomの画面にも反映されたことになります。
 
 シェパード先生は、1960年代前半から、スズキ・メソードでの指導と研究を続けてこられ、松本の才能教育音楽学校卒業の経歴をお持ちです。スズキ・メソードが盛んなオーストラリア・メルボルンに最初にスズキ・メソードの種を蒔かれた先生です。2012年に"Memories of Dr Shinichi Suzuki Son of His Environment"をオーストラリアで出版されました。これがその本です。スズキ・メソードの真髄を求めて、海を渡ってこられたシェパード先生の熱い思いにあふれ、新鮮な視点からの描写が、改めてスズキ・メソードへの理解を促進させる内容になっています。画像をクリックすると、アマゾンのサイトにリンクします。手ごろな価格のKindle版も用意されています。

 ルース先生は、この著書を書かれ、才能教育研究会の機関誌で日本語訳が連載されているシェパード先生を、ヨーロッパの先生方に紹介し、スズキ・メソードを学び合う機会を作ろうと企画されました。ということで、全編が英語でのセッションですが、編集部も参加させていただきました。日本からは、シェパード先生の著書紹介の仲立ちをされた関西地区ヴァイオリン科の松本尚三先生も参加されました。


当日のシェパード先生の講演内容です。ダイジェストで紹介しましょう。 
 
人はその環境の子である。
 鈴木先生が残された名言のひとつです。 
 環境が違えば、言語も違います。ですが、音楽は誰もが簡単に理解できる言語です。鈴木鎮一先生はおっしゃいました。「音楽とは、言葉のない心の言葉である」と。
 

Zoomで講演されるシェパード先生。
壁には「世界の夜明けは子供から」の掛け軸が

 私は、ロシアのある先生から質問を受けました。スズキ・メソードは時代とともに進化しているのでしょうか?  とてもいい質問です。

 私の答えはこうです。世の中にはまったく同じものはありません。ヴァイオリンの弦はよくなりましたが、鈴木先生の時代のように良い音が出なくなりました。録音技術が向上したことは事実です。でも録音される生の音が以前より悪くなりました。
 今やスズキ・メソードは世界中に広まっています。それは、鈴木先生にとって驚きではありません。鈴木先生は、人々が理解してくれると信じておられたと思います。彼は、私たちがより良い人間を作ろうとすることを信頼していたのだと思います。まずは子どもたちに教えることから始めて、音楽を通して温かさや感情を教えることから始めましょう。
 
 1998年に鈴木先生が亡くなられたとき、メルボルンのある先生から「(ヴァイオリンの)音は変わると思いますか」と聞かれました。
 変わるでしょう。しかし、鈴木先生がいなくなったからではありません。すべてが変わります。
 では、変わらないものとはなんでしょうか。それがスズキ・メソードです。
 「どの子も育つ」「教育とは能力を開発すること」「先生次第」「愛深ければ為すこと多し」「才能・能力は先天的なものではなく、創造しなければならない」「音に命あり」というものです。
 そして、「毎日練習する必要はありません、何かを食べる日だけでいいのです」とも、鈴木先生はおっしゃいました。この他にも、鈴木先生がおっしゃったたくさんの真理・真実を、皆さんは聞いたり読んだりしています。それらは変わりません!
 
 あなたがた指導者はすべて、生徒の環境の一部なのです。
 私が初めてこのことに気づいたのは、何年も前のことでした。ある生徒のピアノ伴奏をしていて、その生徒が出す音を聴いていて、ふと気づくと、それは私の音だったのです。そして、あなたの生徒が成長して教師になれば、その生徒はあなたのような音を出すようになるのです。ヴァイオリニストのユーディ・メニューインは、「初心者を教えるには最高の先生が必要だ」と書いています。
 
 物事の捉え方は人それぞれですよね。スズキ・メソードを変えるのは、「時間」ではありません。人の考え方なのです。そして、私たちはそれぞれの環境の子です。 
 
 鈴木先生は、「スズキ・メソードを教えているのは、鈴木鎮一以外にはいない」とおっしゃっていました。私には、スズキ・シェパード・メソードを教えているとおっしゃっていました。鈴木先生は、変化があることを十分ご存知でした。
 そうではあっても、私たちは鈴木先生が教えられたことをしっかりと考えなければなりません。私が教えていると言ったのはスズキ・シェパードです。それまでやっていたことを、何も変えず、何も考えずに、ただ「スズキ」という言葉をつけるのではなく、考えることです。
 そして、音には生きた魂があることを忘れてはいけません。生徒の音は何かをきちんと言わなければならない。それを教えなければならないのです。そうしたことを実践することで、子どもたちはより敏感に、より思慮深くなるでしょう。
 
 驚くべきことに、私たちがここに集まっているのは、音楽の才能を持って生まれてくる人はいないと主張された鈴木先生のおかげです。彼が最初にそのことを発表されたとき、西欧諸国のほとんどすべての人たちは、「音楽的な」子どもは「音楽的な」親を持っているはずだと、疑っていませんでした。
 
(編集部註 ここで、シェパード先生は、鈴木先生の生涯を紹介されました)
 
 鈴木先生は音の練習に「トナリゼーション」という言葉を使っています。この言葉は、歌手の発声練習からヒントを得たものだそうです。彼のドイツ人の妻、ワルトラウトは歌手でした。
 鈴木先生は次のように書いています。「ヴァイオリンを教えるとき、一般的に先生は、歌手が毎日行なう発声練習のような、音のための特別な練習を生徒たちに与えませんが、私は、生徒たちに良い音を出すための特別な指導が必要だと思っています」と。
 音を声からコピーすることは、決して新しい考えではありませんでした。モーツァルトの父、レオポルド・モーツァルトは次のように書いています。
 「作曲家のジェミニアーニは、音楽の目的は耳を満足させるだけではなく、感情を与え、想像力をかきたてることである。 ヴァイオリンを演奏する技術は、最も完璧な人間の声のような音色を楽器に与えることである」と。
 
 幸運なことに、私は世界のいくつかの国で鈴木先生の指導を見ることができました。また、私の娘、キャシーが松本の研究生として2年間在籍していたので、頻繁に訪れ、研究生のレッスンを見たり、私自身もレッスンを受けたりしました。松本での研究生徒しての滞在は2年間でした。娘が卒業した後、私はさらに半年間松本に滞在し、卒業しました。
 
 プロの音楽家である私がなぜ先生のコースに残ったのかと思われるでしょう。それは、鈴木先生が世界の偉大な教育者の一人であり、彼の考えをさらに学ぶことができる栄誉に欲することができたからです。
 
 私たちは、他の研究生が見守る中、週に一度、鈴木先生の個人レッスンを受け、さらに週に一度、鈴木先生のグループレッスンを受けました。そこでは、さまざまな技術的なポイントを教えていただきました。各自、クラスの前に出て演奏し、上手くできたら鈴木先生がチョコレートをくださいました。
 
 個人レッスンでは 最初に「トナリゼーション」を演奏します。鈴木先生からは音を良くするための提案をいただき、さらに技術的な練習をしました。鈴木先生は、すべての研究生に1週間、同じ練習をさせました。
 改善すべき技術的なポイントは自分で考えて修正し、次のレッスンに向けて演奏を改善しなければなりません。鈴木先生は、常に音の研究をされていて、「すべてを知っていると思ってはいけない!」とおっしゃっていました。私たちは常に向上心を持つことが大切です。
 そして、鈴木先生は、「直感力を鍛えなければならない」とおっしゃっていました。生徒の頭の中には、いつ大きな理解の飛躍があるかわかりません。そのためには、レッスン中に生徒の心を揺さぶる努力を、わたしたちはしなければなりません。
 
 私はスズキ・メソードに出会う前、数年間の音楽教育の経験から、音楽的な「才能」と思われているものは、音楽的な状況下での「脳の速度」であると考えていました。この脳のスピードは教えて増やすことができます。 鈴木先生がおっしゃっていたように、直感力を鍛えなければなりません。鈴木先生はよく、『生徒は何かをつかまえることができる』とおっしゃっていました。
 

実際に経験された目の不自由な青年の成長する姿も
動画で紹介され、深い感動がありました

 目の不自由な子どもたちへの教育についても、私は長年にわたり、研究をしてきました。

 どの子も育つのです。私はこれまでに、目の不自由な子、自閉症の子、左利きの子、右手の指がない子、親がとても神経質で心配性な子など、たくさんの子どもたちを教えてきました。どんな子どもでも教育することができます。ご存知のように、私たち教師はレッスンの中で、生徒が次に何を学ぶべきかを常に見つけ出し、それがレッスンなのです。それは、弓で弦を見つけることだったり、音を合わせて演奏することだったり、膝が硬くならないことだったり......。
 
 ここで、生まれつき目が不自由な子どものことを考えてみてください。
 私たちの脳は、目、耳、触覚、嗅覚、味覚...から情報を受け取ります。子どもの耳は、目よりも多くの情報を与えてくれます。生まれて間もない赤ちゃんは、ラジオやテレビの音楽を覚えています。私は、赤ちゃんが生まれる前に練習した曲をお兄ちゃんが演奏しているのをレッスン中に聴いて、とても興奮しているのを見たことがあります。
 

講演後も、ディスカッションが続きました。
Zoomならでは垣根のなさは、今後も継続されるでしょう

 脳と音楽の研究は25年ほど前から始まっています。脳科学者によると、生まれたばかりの赤ちゃんの耳は完璧に機能していて、すでに脳にメッセージを送っているそうです。目がよく見えるようになるのは、その後です。また、生まれたばかりの赤ちゃんは、動くことや触ることが苦手で、嗅覚もありません。ミルクの味はわかります。

 私たちの周りには音があります。高い音、低い音。柔らかい音、大きい音......赤ちゃんは生まれたときからそれらの違いを感じることができます。また、環境が違えば音も変わります。
 
 今回の講演を準備しながら、改めて考えてみました。私たちは、決してすべてを知っているわけではありません。松本の音楽学校を卒業した翌日、鈴木先生のスタジオで最後のレッスンを受けました。バッハの「イ短調の協奏曲」の第2楽章の最初の2小節を静かに弾くように言われました。そして、次に大きな音で弾くように言われました。そして、「ああ、オーストラリアに帰って練習しなさい」と笑っていらっしゃいました。