鈴木政吉の幻のヴァイオリン作りを紐解いてくださいます!
開演13:30
会場:宗次ホール(名古屋)
入場無料:2,000円(自由席)
プログラム
・山田耕筰:からたちの花
・クライスラー :ウィーン奇想曲
・サラサーテ:サパテアード
・ヘンデル:ヴァイオリンソナタ ニ長調
ほか
・お問い合わせ:宗次ホールチケットセンターtel.052-265-1718
井上さつき先生の最終講義にオンラインで参加
これに先立ち、2月19日(土)には、井上さつき先生の最終講義が愛知県立芸術大学新講義棟大講義室にて、会場とオンラインによるハイブリッドスタイルで、開催されました。「近代フランス音楽/万博/楽器〜私の研究遍歴」と題されたこの最終講義には、マンスリースズキ編集部もオンラインで参加しました。
レクチャー冒頭で、井上先生はご自身の歩みを語りました。その内容はとても興味深いものでした。東京藝術大学音楽学部楽理科で19世紀フランス音楽を研究されていた井上先生は、ソルボンヌ大学の修士課程に留学。パリ国立図書館で作曲家の自筆譜が豊富に収蔵されている中で、エティエンヌ=ニコラ・メユールの交響曲に関する論文でソルボンヌを修了され、藝大も修了。愛知県立芸術大学に平成元年(1989年)にフランス語の講師として着任されました。
折しも、愛知万博開催の機運が盛り上がっており、井上先生は「愛知に万博を」という1枚のポスターを見ることになります。これがきっかけとなり、パリ万博と音楽の関係について研究してみたらどうかと着想。現地に赴いての資料蒐集が続き、1999年に「パリ万博音楽案内」(音楽之友社)を刊行。「フランスには、公的な資料がきちんと残されていました。それらを辿ることで、どのようなプロセスで、誰が企画し、何が行なわれ、何が行なわれなかったのかを知ることができました」と井上先生は語りました。さらに博士論文をもとにした「音楽を展示する」(法政大学出版局)、「フランス音楽史」(春秋社)を出版。ラヴェルの伝記を翻訳されるなど執筆活動が続きました。
近代フランス音楽を軸にする中で、出会ったのが、鈴木鎮一先生の父、鈴木政吉でした。当時のパリ万博では楽器のコンクールが盛んに行なわれていたのです。井上先生は、1900年(明治33年)のパリ万博のコンクール受賞者の中に政吉の名前を発見。「明治33年に洋楽器を作り、賞を取った人物がいたことに驚きました」。その後、井上先生は鈴木政吉が実は三味線作りだったこと。さらにスズキ・メソードを始めた鈴木鎮一の父であることを知り、急速に興味が湧いていきます。「三味線作りがヴァイオリンを作ることがシュールに感じました。そして異文化を受け入れた世界が目の前に広がったのです」
それからの資料蒐集は鮮やかです。「日本のヴァイオリン王」(中央公論新社)での詳細な記述には、随所に井上先生がこの研究に没頭され、ワクワクされておられる様子が手に取るようにわかります。
政吉が1920年代半ばから手掛けた高級手工ヴァイオリンの存在にも着目された井上先生のもとに、尾張旭市にお住まいの元小学校校長だった方から、1929年に政吉が製作した、裏板が1枚板のヴァイオリンが大学に届けられました。2014年5月に修復した政吉ヴァイオリンがコンサートで披露され、大きな話題を呼んだ事は記憶に新しいところです。
この日の最終講義では、スズキ・メソード出身のヴァイオリニスト、牧野葵さんがこのヴァイオリンでヘンデルのヴァイオリン・ソナタ第4番を披露。オンラインを通しても、伸びやかで艶のある音を楽しむことができました。「味わい深く、温かみがある音です。特にG線が好きです」と演奏後に井上先生からの質問に答えた牧野さんが語るように、滋味あふれる音色でした。
ヴァイオリンの研究に続いて、井上先生の興味はピアノに向かいました。「ピアノを通して世界を見てみたい」と著したのが「ピアノの近代史」(中央公論新社)。ピアノの製作技術の中に、近代産業のバロメーターを感じ取られた井上先生らしいユニークな視点です。
そして最新作は、監修として参加された「音楽と越境」(音楽之友社)。この中で「楽器と関税」と題した論文を発表。誰も扱ってこなかった関税に光を当てた独特な視点は、とても面白いものです。
最終講義の第2部は、「楽器大国ニッポンの基礎ができるまで〜鈴木政吉と山葉寅楠」と題され、政吉の歩み、寅楠の歩みを概観されました。2人とも旺盛な企業家精神を持ち、競うように国内外の博覧会に出品し、輸出に力を注ぎ、互いに持ちつ持たれつの関係を見事に構築していた様子が、井上先生のレクチャーでとてもよく分かりました。
■最終講義を終えた井上先生から。
寒い中、お集まりいただきありがとうございます。Zoomでの参加の方、ありがとうございます。愛知県立芸術大学に来て33年。最初はフランス語の一般教官として着任。音楽学コースの立ち上がりから26年。この間、楽しく過ごすことができました。本当は外部の皆さんにも聴講していただきたかったのですが、こういう形で実現でき嬉しく思っています。