あらためて、スズキ・メソードと東京大学の共同研究の成果を
「毎日メディアカフェ」のステージで、語り合いました。

 

 マンスリースズキ 2022年1月号でも紹介した、スズキ・メソードと東京大学酒井邦嘉研究室との共同研究 脳科学が明らかにする言語と音楽の普遍性」について、5月10日(火)、東京竹橋にある毎日新聞社地下1階の毎日ホールのステージで、才能教育研究会の早野龍五会長と、東京大学の酒井邦嘉先生、そしてスズキ・メソードのフルート科特別講師で、神経科学者でもある宮前丈明先生が米国ピッツバーグからオンラインで出席され、研究成果について語り合いました。

 今回のテーマは、「脳から見る音楽と言語の接点」。共同研究から分かった研究の成果とともに、情操教育の大切さを浮き彫りにする内容となりました。
 

マクラは「鎌倉殿の13人」の膝枕のシーンから

 最初に口火を切られた早野会長。「枕のようなもの」と題してプロジェクタに映し出されたのは、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の北条政子が、事もあろうに源義経を膝枕にしているシーンでした。これは夢のシーンだったわけですが、実際に膝枕をしたであろう政子の夫、源頼朝は江戸の川柳にも歌われるほどの大頭だったとか。それゆえに膝枕をすると大いに政子の足が痺れたはずという話が前段。
 そして、お話の舞台は現在の東京駅丸の内口のKITTE(キッテ:元の東京中央郵便局)にある、日本郵便と東京大学総合研究博物館が協働運営するインターメディアテークへ。同施設でこの7月まで展示中の東京大学の山中俊治教授による最先端のインダストリアルデザインの展示物の中に、CTスキャンによって3Dプリンタで製作された教授自身の頭蓋骨があることに早野会長は驚かれたそうです。江戸の川柳にも歌われた頼朝公の髑髏(しゃれこうべ)が、再現できる時代になったのですから。そして、そのCTスキャンでは骨がよく見え、水は見えないこと。一方で今回の研究に使われたMRIでは、水素が見える、すなわち血流の分布図を作ることができる、という「枕」で酒井邦嘉先生にバトンタッチです。
 

脳から見る音楽と言語の接点

 酒井先生は、早野会長の意表をついた「枕」に喜びながらも、本論を進めました。表音文字や発音記号は、音符と同じであるけれど、文字では音声の抑揚を十分に表せないことを指摘されました。文字とは言葉を表す「記号」でしかないのです。そのためSNSなどで文字のやり取りをすることの多い昨今では、文字ばかりに頼りがちで、時に読み取り方の誤解が元で炎上することもある、とのことです。
 だからこそ、音や文字には区切りの「間」となるフレージングや、抑揚や緩急の変化をつけて、まとまりを作るアーティキュレーションが必要となるというのです。フレージングやアーティキュレーションによって、言葉や音楽に「構造」が生まれる、すなわち相手に中身が伝わりやすくなるわけです。サンプルとして提示された「チャウチャウちゃう?」「ちゃうちゃう、ちゃうんちゃう?」は、つい口に出してみると、その意味するところがわかり、フレージングやアーティキュレーションの大切さがわかりました。実に面白いですね。
 そして、酒井先生は、楽器演奏の習得の脳科学的効用を、音楽経験の内容や期間の差によって、特定の脳活動がどのように活発化するかを調べるために、今回の実験を行なったことをお話しされました。

 実験手法は、ここにある通り。Suzuki群、Early群、Late群に分けた98名(12〜17歳の中高生)に対して、音の高さ、テンポ、強弱、アーティキュレーションの4項目において、宮前丈明先生のフルート独奏による音源を聴き、不自然な箇所に気づいた時点でボタンを押し、その時の脳活動をfMRI(機能的磁気共鳴画像法)で定量的に測定する実験を行なったわけです。その内容は、英国で歴史のある脳科学の学術誌「Cerebral Cortex(大脳皮質)」に掲載されました。詳細は、マンスリースズキ1月号で紹介しています。
→マンスリースズキ1月号
 その結果は、 Suzuki群が他の群よりすべてにおいて正答率が高く、学期の開始年齢や総練習時間だけでは説明ができないことがわかりました。そして発見のポイントとして、酒井先生が提示されたのは、
①ヴァイオリンなどの楽器を5歳頃より習得してきた中高生は、9歳以降に習得を始めた楽器経験者や未経験者と比較して、音楽判断に対する脳活動が活発になること。
②楽器演奏に必要な音の高さ、テンポ、強弱、複数の抑揚を司る脳部位は異なること。
③自然な母語習得を楽器演奏習得に応用したスズキ・メソードの有効性が明らかになったこと。
を説明されました。そして、今回の共同研究の成果による社会的な意義についても言及されました。
 

さらに研究を深めたい

 これを受けて、早野会長からは「母語教育の大切さについては、鈴木鎮一先生が最初からおっしゃっておられたことです。それが音楽できちんと子どもさんたちを育てているその一端が、今回の研究で見えたことは大変に嬉しいことでした。ただ、この結果を得て、スズキで音楽を教えている指導者の先生方には、あまり拡大解釈をしないようにとお願いしています。何かこれが万能薬みたいに効きますみたいな、そういう形では使ってほしくないと思っています。音楽が子どもさんたちの脳活動の中で、どのように育っていくか、どのような働きがあるのか、あるいは他の能力とどんな関係性があるのか、今後の研究のテーマとして明らかにしていきたいですね」。
 途中、音源の演奏を担当された宮前先生によるフルート独奏も、即興で披露されるなど、楽しい時間となりました。