東京大学との共同研究第3弾に、いよいよ着手!

 
 スズキ・メソードと東京大学の音楽と脳に関する共同研究は、2016年後半からスタートしました。ヴァイオリン科にご協力いただいた第1弾の論文は、2021年末に英国の老舗脳科学雑誌「Cerebral Cortex」で発表され、大きな話題になりました。
 
 ピアノ科にご協力いただいた第2弾でも、脳の働き方や練習の仕方による違いについて興味深い知見が得られ、今後、論文として世に出ます。
 
 そしてこのたびの第3弾は、チェロ科・フルート科にもご参加いただける全科対象の調査として、まずは音源作りから始まりました。今回は、その内容と様子を紹介します。
 
 この間、マンスリースズキでは折に触れて、研究の動きや酒井邦嘉先生に関係する話題を紹介してきました。
  →2017/1/1 共同研究、狙いと意義
  →2017/2/1 共同研究スタート記者会見&毎日メディアカフェで対談
  →2017/3/1 共同研究音源作り
  →2017/10/1 共同研究、続報
  →2017/10/12 毎日メディアカフェ鼎談記事
  →2018/7/1 脳科学の専門誌に相次いで登場
  →2019/6/1 酒井邦嘉先生の新刊書
  →2020/6/1 東大との共同研究、第2段階へ
  →2022/1/1 東京大学との共同研究の論文を発表
  →2022/4/1 共同研究を話題に、毎日メディアカフェ
  →2022/10/1 酒井邦嘉先生の新刊書
 
 今回、共同研究第3弾としてテーマになったのが、「音楽と言語の共通性(アーティキュレーション)について」です。これまでの共同研究では、音楽のアーティキュレーション(抑揚や緩急の変化で複数の音をまとめること)に対する脳活動が、特に「文法中枢」に見られることが示されています。今回の研究では、音楽と言語を同じ調査で扱い、歌詞(文章)と楽音(声楽)を同時に含む「歌曲」を用いることで、音楽と言語で共通する脳領域がどのような活動を示すか調べることを目的としています。
 
 2024年11月末から12月初めにかけて、朗読と声楽に関する音源作りが都内のスタジオで行なわれ、マンスリースズキ編集部も部分的に立ち会う機会をいただきました。朗読と歌唱には声楽家の野間愛さん、そして酒井邦嘉先生の研究室からは砂田裕貴さん、スズキ・メソード側からはヴァイオリン科の野口美緒先生、ピアノ科の石川咲子先生、フルート科の宮地若菜先生が立ち会われました。砂田さんは、野口先生の教室を含めて幼少時よりスズキ・メソードなどでヴァイオリンを学ばれた生徒さんでもあり、酒井先生も砂田さんに全幅の信頼をおきながら、録音の収録に臨まれておられる姿が印象的でした。

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収録後、酒井邦嘉先生にインタビュー

 
ー今回、3日間に分けて収録されましたね。
 
酒井先生 初日が朗読の収録、残りの2日間が声楽の収録でした。いずれも声楽家の野間愛さんによる朗読と声楽の音源を分けて使うことになります。朗読の時は、朗読を聞きながら何かエラーがあるかどうかを聞いていただきます。手法としては、第1弾の調査で4つの項目、ピッチ(音程、音の高さ)、テンポ、ストレス(強弱)、アーティキュレーション(音のつながり方、切れ方)を調べましたが、今回調べることは最後のアーティキュレーションの判断について行なっていきます。その中で、言語と音楽の関係性についてが研究対象となります。
 
 声楽には歌詞がありますので、歌詞がない場合の楽音はどうなのか、そして歌詞がある場合とでは違いが出てくるのか、興味があります。実際に声楽のレッスンなどで使われるトレーニング方法なども参考にしました。「ヴォカリーズ」という作品がありますが、あれも声楽と音楽が一体となった作品ですね。
 
ーラフマニノフの作品ですね。今回、ヴォカリーズにスポットを当てていらっしゃるので、鈴木先生が発声法を意味するヴォーカリゼーションをヒントにトナリゼーションの考え方を導入され、音を磨くための奏法の確立に進まれたことと関係があるように思いました。
 
酒井先生 そうですね。今回は、対象をこれまでのヴァイオリン科やピアノ科だけでなく、チェロ科やフルート科の生徒さんにも広げ、ある楽器だけに特化した表現よりも、多くの楽器に共通するアーティキュレーションの一形式を選ぶことで、普遍的な性質を見ていきたいと考えています。
 参加してくださる方には、聴いていただく音楽が自然に聴こえた場合は右ボタン、不自然に聴こえた場合は左ボタンを押す、という判断をしながら進めることになります。ですから、それほど難しい課題ではありません。
 聴いていただく曲目が多いので、調査は2日に分けて実施します。朗読と歌曲を聴いていただくことで、言葉と音楽の関係性に気づいていただくきっかけになればと思います。
 日々の楽器の練習でうまくいかない部分は、まず歌ってみるということは、良い練習法だと思います。逆に歌の楽譜を自分の楽器で弾いてみたい、吹いてみたいという時は、歌詞が頭の中で響きながら演奏することになります。
 音楽というのは、言葉と非常に密接な関係があるということを、今回の調査によって明らかにしたいですね。その意味からも、全科の生徒さんに参加していただきたいのです。
 
ーつまり、楽器のお稽古にも少なからずフィードバックされるものが多いということですね?
 
酒井先生 はい、メロディとドレミを一緒に学ぶことで、暗譜にも役立ちますし、頭の中に音のイメージがあることで、音符の跳躍などがあった時に、どういうポジションで運指をするか、ということにも大きく役立ちます。それに、楽器を持っていない時に、たとえば楽譜だけでイメージ練習するときにも役立つでしょう。弦楽四重奏など室内楽作品を演奏する際には、4つの楽器の動きがよりわかりやすく、聴き取れるようになります。
 
ー和声感のようなイメージが醸成されるのですね。
 
酒井先生 指揮者の岩城宏之さんが、かつて『楽譜の風景』(岩波新書)で書かれていたように、楽譜自体の風景を頭の中に再現できるようになってきます。指揮者が大判のスコアで全楽器の動きを想像しながら指揮するのも、まさにその効果です。ですので、単旋律で演奏するにしても、その楽譜の風景を思い浮かべて演奏しますし、そして言葉のラベルをつけていくということが、実は練習の支えになるということを解き明かしたいと思います。仮に、暗譜が苦手で音を忘れて混乱するようなことがあっても、言葉の方から思い出すということもあるわけです。こうしたことに関心を持っていただいて、スズキで学んでいる生徒さんの多くの方に参加してほしいですね。音楽を聴く時に、脳で何が起こっているのかということを世界で初めて解明できるのではないかと期待しています。
 
ーいいですね、世界で初めてという研究は!
 
酒井先生 こうした音楽に関する脳研究は比較的少なくて、今回の調査研究には様々なアイデアを凝らしています。朗読とヴォカリーズの導入も、そうしたアイデアの一つです。聴いていただく曲は、「ちょうちょう」や「花は咲く」、「さくら(森山 直太朗)」など、よく知られたものばかりです。
 
ーこの第3弾で共同研究は終了ということになるのでしょうか。
 
酒井先生 共同研究としては2025年度で終わりますので、タイミングとしては2026年の5月くらいまででしょうか。今回は、第3弾のスタートに伴う参加者募集になります。ピアノ科の生徒さんにご協力いただいた第2弾の調査研究をまとめた論文が投稿中ですので、近いうちにその成果が公開されることになります。
 
 スズキ・メソードと東大との共同研究は、そのような流れで第3弾で終了することになりますが、こうした研究の後を引き継ぐ方が、たとえばスズキの生徒さんの中から出てこられるとしたら、それはとてもありがたいことだと思っています。その意味で、今回、研究を一緒に推進してくださっている砂田さんの存在は大きく、こうした研究の次世代を担ってくれるのではないかと期待しています。


 では、ここで野間愛さんのプロフィールを紹介しておきましょう。
野間 愛 アルト

徳島県出身。徳島文理大学音楽学部声楽科卒業。東京藝術大学音楽学部声楽科アルト専攻卒業、同大学大学院オペラ専攻修士課程、博士後期課程を修了。アカンサス音楽賞、同声会賞を受賞し、第84回読売新人演奏会に出演。大学院在学時には長野羊奈子賞、毛利準賞を受賞。G.ロッシーニのオペラにおける女性が歌う男装役を中心に装飾歌唱の声楽技術を研究し博士号を取得。在学中より東京藝術大学バッハカンタータクラブに所属しており、現在はOB会に所属。定期的に開催されるアカデミーや記念公演にて小林道夫氏の師事のもと研鑽を積んできた。これまでに声楽を稲富祐香子、熊谷公博、永井和子、葉玉洋子の各氏に師事。現在は音楽を濱田芳通氏に師事している。オペラにはバロックからヴェリズモまで多様な時代の作品に出演しており、その他にも声楽アンサンブル、宗教曲や合唱まで幅広い分野での活動を行なっている。また、日本語による新しいオペラの制作団体「オペラのまど」の代表として初めてオペラを観る人も楽しんで見られる作品を生み出すために活動を行なっており、前田佳世子作曲のオペラ『注文の多い料理店』(2018)、オペラ『どんぐりと山猫』(2021)、オペラ『どろぼうだいしゅうごう』(2022)の初演公演制作プロデュースを行なった。第1回平井康三郎声楽コンクール第1位。第28回大阪国際音楽コンクールAge-G 第2位。現在、東京藝術大学附属高校非常勤講師。


才能教育研究会と東京大学の共同研究
参加協力者募集のお願い

2025年1月
スズキ・メソード=東大共同研究推進会議
 

◆ 早野龍五 理事長からのメッセージ

 
 才能教育研究会は、東京大学大学院総合文化研究科の酒井邦嘉教授と共同して、「音楽と脳に関する研究」を継続しています。ヴァイオリン科にご協力いただいた第1弾の論文に続き、ピアノ科にご協力いただいた第2弾では、初めて習得する曲に対して音源を聴く場合と読譜する場合の差異について知見が得られています。子どもの発達と脳の関係については世界中で関心が高まっており、この研究の成果は、学界はもちろん一般の方々にも大いに注目されると思います。
 
 今回の新たな研究では歌曲を用いることで、音楽と言語の共通性について、MRI装置による脳活動の調査で明らかにしようとしています。この先端的な共同研究を成功させるために、スズキ・メソードで楽器を学んでおられる生徒さんと、保護者の方々のご協力が大きな力となります。どうぞよろしくお願いします。
 
 なお、酒井先生は、東京大学の物理学科で私の後輩にあたる方で、脳がどのように言語を処理しているかの研究で世界をリードしておられます。毎日出版文化賞を受賞された『言語の脳科学』(中公新書)など多数のご著書があります。また、酒井先生が連載しておられる機関誌 Suzuki Method の「脳と才能」や、WebマガジンFruitfulの「脳と能力」をお読みください。
 


 

◆ 東誠三 会長からのメッセージ

 
 これまで指導者研究会や機関誌などでたびたび取り上げられてきました、スズキ・メソードと東京大学の共同研究ですが、その第3弾として、全科の生徒さんを対象にした調査の準備を進めております。ピアノ科の生徒さんに協力いただいた第2弾の成果は論文の投稿中であり、今回さらに興味深い結果が導き出されることが期待されます。このような貴重で有意義な調査に、興味を持ち、ご協力いただける生徒さんを募集いたします。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 


 

◆ 酒井邦嘉 教授(東京大学大学院総合文化研究科)からのメッセージ

 
 今回の共同研究は、音楽と言語に共通した脳の仕組みを科学的に明らかにすることを目指すもので、鈴木鎮一先生の「母語教育法」の基礎を明らかにします。今回は特に、歌唱の持つメロディーと歌詞の要素が、脳機能にどのような効果をもたらすかを探っていきたいと考えています。研究室では、大学のガイドラインに従って個人情報保護と感染防止対策を徹底しておりますので、安心してご参加いただけます。スズキ・メソードの生徒さんの参加と、保護者と指導者の方々のご協力を、どうぞよろしくお願いいたします。
 
研究の目的と意義
 なじみのある歌曲を聴いているとき、脳のどこがどのように反応するか、MRI装置を使って調査します。メロディーと歌詞に対して脳活動がどのように変化するかが明らかになれば、音楽と言語の共通性を深く理解できるようになると考えています。
 
研究の内容
 今回の研究では、声楽家の野間 愛先生にご協力いただいた録音を使用します。事前に歌唱の音源をお渡しします。全部で4つの条件があるため、2条件ずつ2日に分けて調査を行ないます。
 研究で使うMRI装置は病院にあるのと同じですが、脳の構造だけでなく活動までも画像にすることができます。大きな磁石の中でラジオと同じ周波数の弱い電波をあて、安全にそして繰り返し精度良く調べられます。研究室は、東京大学の駒場キャンパスにあります。
 
 この新しい調査は間もなく始まります。みなさまのご理解とご協力をどうぞよろしくお願いします。スズキ・メソードのヴァイオリン科、ピアノ科、チェロ科、フルート科の全科の皆さんのご参加をお待ちしています。