桐山建志先生による2回目となるヴィオラ研究会を開催。

 
 1月17日(金)、ヴィオラグループによる指導者研究会が東京で開催されました。昨年5月28日(火)に続き、2回目となる桐山建志先生を講師にお招きし、「ヴィオラにまつわる様々な事柄」について、座学と実践で講義をしていただきました。今回もヴァイオリンとヴィオラをご持参いただき、テーブルの上に2つの楽器を並べ、要所要所で楽器を持ち替えて、調弦について、奏法について、音について、さらにはヴァイオリンと異なる構え方の基本など、2時間という短い時間でしたが、多岐にわたり、レクチャーしていただきました。
 
 ちなみに、マンスリースズキには、過去2度ご登場されています。
→ヴィオラ研究会(2024年6月号)
→スズキの指導曲集は、バロック音楽の宝庫(2016年7月号)
 
 桐山先生は松本支部の鳥羽尋子先生のもとでヴァイオリンを始められ、現在は、バロック・ヴァイオリン、ヴァイオリン、ヴィオラと、複数の異なる楽器を自在に弾き分け、活躍されています。
 

調弦の問題 

 この日の冒頭、桐山先生は、調弦について質問をされました。
 「最初の調弦、合わないですよね。たとえば、こちらのヴァイオリンのE線の開放弦と、みなさんのヴィオラのC線・G線の5度が合わない。その理屈をご存知ですか?」
 いきなり難問です。なんとなく経験則でわかっているつもりの分野です。
 以下、桐山先生のお話をかいつまんで紹介しましょう。
 

弦楽器で一番音程取りにくい調性は、ハ長調です。

なぜか。ヴァイオリンのE線とヴィオラのC線、G線と合わないからです。
音の高さは、2倍になると8度高くなる。3倍になると、1オクターブと5度です。
つまり、5度は1.5倍です。この比率で次々に5度を計算すると、
では、1.5×1.5=2.25
          2.25×1.5=3.375
          3.375×1.5=5.0625
何か気がつくことありますか。小数点以下が一つずつ増えていきます。
5.0625と5は、音程でどのくらい違うかというと、半音と1/4音違います。
ですから、5度を純正律で合わせていくと、ヴィオラのC線とヴァイオリンのE線は喧嘩します。でも昔の人は、これらがちょうどハモるように、この間の5度を調整していました。
人間の耳は完全5度は響きがいい。なるべく5度は広くならないようにしたい。
できれば、G線とC線の5度は狭目に調弦しています。例外は、His(シ♯)が出てくる時。そういう音がある曲をやる時は、僕は、開放弦は低め(His)に調弦して、Cは1指で少しだけ押さえて弾くようにしています。
ヴィオラをやる時は、GとCが広くならないように調弦する。ところが世の中のヴィオラ弾きはC線を低く合わせたいと思う人が多いですね。
 
ここで、受講者からの質問です。
質問■カルテットの時は、まさにそうした調弦が必要になると思いますが、ヴィオラソロの時はどうしたらいいでしょうか?
答■ピアノと共演する時は、調弦は純正な五度に合わせますが、指で押さえる位置は平均律でとることが多いです。長3度は、純正律よりちょっと高め、短3度は純正律よりちょっと低めに取ることもあります。一般的には、自分の耳に心地よい音程にするようにしています。完全5度は、基本的には何調でも唸りのないことを心がけています。
 娘が高校の吹奏楽部に所属していますが、各自がチューナーで音を合わせています。チューナーは平均律で間違いではないけど、自分たちの音楽を聴いてもらう対象はチューナーではなく人間の耳なんですね。だから、人間の耳がどう感じるかを本当は大切にしたいところです。
 ハープ奏者もチューナーで1本ずつ合わせています。チューナーで合わせるのは間違いではないけれど、それが自分の耳でどう聴こえるのかは、「必ず耳で確認してください」と伝えています。確認することで、自分の耳を鍛えることができる。注意して聴いていると、だんだん聴こえてくる。たとえば、レコーディングしていて、だんだん音程が悪く感じる時があります。でもそうではなくて、だんだん自分の耳が研ぎ澄まされてきて、ちょっとした誤差まで、よくわかるようになるのですね。だから、耳の訓練を怠ると耳は悪くなるかもしれません。
 
 このあたり、チューナー依存症の方には耳の痛い話、いえいえ耳を鍛えようという話ですね。心したいところです。
 

ヴィオラの講座

 桐山先生は、折に触れて問いかけをします。例えばこんなふうに。
 「ヴァイオリンとヴィオラを比べた時に何が違いますか?」
 大きさが違いますね。小学生に聞くと、色が違うと答えてきます(笑)。
 弾き方が違いますか?と良く聞かれます。弾いた時にどういう音が出るか。弓のスピード、駒からの距離、腕の重さによる圧、それによって音色が変わります。それはどちらの楽器も同じです。
 ポイントは、自分の思い描いている音色、音質に自分が出した音になっているかどうか。実際はヴィオラでは弦が太くなり、弦長が長くなりますから、それだけ圧力を加えないと鳴りません。逆にヴィオラがしっかり鳴るような右手の動きでヴァイオリンを弾くと、絶対に音が潰れます。
 あくまでも「出てくる音に対して、もう少し太い音がいいな」とか感じること。そうやって、弾き方を変えています。ヴァイオリンだからこういう音色、ヴィオラだからこういう音色というのはあります。ヴァイオリンでは、ある程度こういう音がいい、という共通認識がある一方、ヴィオラでは、人によっていろいろな違った音のイメージがあります。以前録音した自分のCDを聴き返すと、今の自分のヴィオラのイメージと違っていたりします。

 ヴァイオリンは、どれも大体同じ大きさです。個体差があっても、せいぜい数ミリの違い。
 ヴィオラはどうですか? 胴体の長さがそれぞれで違います。
 「なぜ、こんなに大きさに違いがあるか、お分かりですか?」
 ヴァイオリンは、この音域でこのサイズがベストで、胴長35.5cmが標準です。一方で、ヴィオラは、5度低い音域を出すベストのサイズは50cmを超えるのだそうです。ですから私たちのヴィオラは、本来の理想的なサイズより小さくて、39.5cmとか、40.5cmが標準的です。42cmを超えると大きい。以前、44cmのヴィオラを弾いたことがありますが、調弦で苦労しました。
 それでも同じクラスの楽器なら、できることなら大きな楽器の方が鳴らしやすいでしょう。自分の体の許す範囲で、大きめの楽器を選ぶといいと思います。音を作る上では楽。楽器の構え方を考える必要があります。ヴァイオリンの角度でヴィオラを持つと左手の動きがちょっときついですから、少し広げるといい。すると左手は楽になりますが、右手の動きは大変になります。そのあたりのバランスを探しましょう。
 ヴィオラの弓の方が、ヴァイオリンの弓より、わずかだけど短いですね。
 大きくなるほど、太い弦になり、それだけ圧をかける必要になる。圧力をかければそれだけ弓のスピードはゆっくりできてくる。だから短くて大丈夫なんだよという風に解釈してもいいのかなあと思っています。
 
 桐山先生は、譜面の細部にもこだわりを示されました。実際にバッハの譜面をもとに、該当箇所に本当はフラットがあるのではないか、バッハが書き忘れていないか、あるいは後世に楽譜が伝えられた時に変わってしまったのか。とにかくいろいろなケースが考えられ、研究していくことが多いです。16分音符4つの塊も、4つにスラーなのか、3つにスラーか、あるいは真ん中2つにスラーなのか。
 
 だから、どれが正解か分からないです。実はバッハより前の時代、アーティキュレーションなどが何も書いていない楽譜が山ほどあって、それは「音型とかリズムに従って自由にスラーをつけて演奏してくださいね」という意味だったのです。
 
 また、何もボウイングが書かれていない時のダウン、アップの弓付けについての考察なども教えていただきました。
 
 そして、鈴木先生の思い出もお話しいただきました。
 
 小学2〜3年の頃です。才能教育会館ホールでの合奏レッスンの時、休憩時間に鈴木先生が僕の所に来て「A線の開放弦を弾いてごらん」というのです。そして「もっと良い音で」と。内心、無理だよ開放弦だからヴィブラートもかけられないし、と思ったら、僕の分数ヴァイオリンを取り上げて、本当に無造作に弾いたように見えたのですが、とても良い音がして。それで何も言わずに立ち去られたことがありました。卒業テープの感想録音などで、みんなに向けてはヴィブラートの大切さをしきりにおっしゃっていたのに、僕だけには「右手でいい音を出せるように」というメッセージを残されたのではないか、と。
 
 素敵な話ですね。この日の最後に、バッハのドッペルの第1楽章を演奏。ソロヴァイオリンを担当する2人の先生方と、ヴィオラパートを演奏するその他の先生方とに分かれ、合奏レッスンでした。そのつど、ソロの歌い方、フレージングの大切さにも触れながらのレッスン。完全5度の和音を弾くための左手の指の抑え方など、そのつど疑問に思う受講生たちの質問にも丁寧に答えていらっしゃいました。残念ながら時間切れになりましたが、いろいろな話題満載の2時間はあっという間でした。