2025年2月24日に開催された「第5回保護者とのオンライン交流会」の様子を速報します。
祝日の午前中でしたが、120名を越す参加の皆様に、東 誠三会長からいろいろとお話をいただきました。

 

片岡ハルコ先生との出会い

 
 まず、簡単に自己紹介から始めます。ピアノ科との関わりは長いですが、チェロ科では指導曲集の第5巻〜第8巻で堤剛先生の伴奏者として参加しています。ヴァイオリン科でも第5巻〜第8巻で館ゆかり先生の伴奏をしております。
 

©Ariga Terasawa

 5歳の時に父の転勤で松本に行きました。その転勤が決まったのが引っ越しの2週間前でした。5歳上の姉が、当時流行していたピアノを習っていた形跡がありました。というのも私が物心ついた頃には、姉はピアノを辞めてしまっていたからで、うちにはアップライトのピアノがありました。今から考えると贅沢な話ですが、音を鳴らして遊んでいたようです。それをみた母がこの子は何か楽器や音に興味があると感じ、母なりに手を尽くして、松本にはヴァイオリンの立派な先生がおられるという情報を得たようです。それが鈴木鎮一先生でした。才能教育会館に行き、ヴァイオリンを習わせようと手続きをして帰ろうとしたら、事務所の廊下の奥からピアノの音が聴こえてきたのです。母は「なるほどピアノもあるのか」と、片岡ハルコ先生の教室をその場で見学しました。音楽に関して素人で、楽譜も読めない母でしたが、その片岡先生のご指導が非常に印象に残ったといいます。「この先生にピアノを習わせよう」と直感的に思ったそうです。それで、10歳までは、ヴァイオリンと並行してピアノも習っていきます。

 私がピアノと関わったのは、偶然の産物でした。親戚に誰も音楽をやっていた者はいません。ですから、鈴木先生のおっしゃる「どの子も育つ」なんです。毎週のレッスンで、この部分はこういうふうに練習するんですよと、音楽の経験のない母にわかるように教えてくださった片岡ハルコ先生には、本当に感謝しかありません。
 
 鈴木先生のおっしゃっていることは非常に普遍的なことで、多くの場面で実行すると有効に働いていくような教えだと私は思っています。練習の一瞬一瞬がそれに沿って円滑に進んでいくことが大切ですが、小さなお子さん相手だとコンスタントに遂行していくことは難しいかもしれません。保護者の皆様に少しでも参考になることができればと、今回の交流会をきっかけに発展させて行きたいと思います。
 
 ヴァイオリンは、10歳で辞めてしまいましたが、東京に越してからも音楽高校に通うようになるまでは、松本に通い、片岡先生のもとでレッスンを受けていました。その後、音楽大学に進み、フランスへ留学し、各地のコンクールを受けていました。20代の終わりに帰国して、日本での演奏活動と母校の東京音楽大学での教育活動がスタートしました。そして、豊田耕兒先生が国際スズキ・メソード音楽院の校長になられた1998年頃でしたか、豊田先生から私に松本で指導者になる方々へのレッスンをして欲しいとご依頼をいただきました。それからまた、スズキと関わることになったわけです。
 

「愛に生きる」から

 
 今日は、鈴木鎮一先生のご著書「愛に生きる」を素材にお話しします。この本は、講談社現代新書シリーズの一つで、1966年、59年前の発行です。増刷を重ね、今は78刷。その80ページにはここで紹介のエピソードが書かれてあります。まずは、このエピソードから、読んでみましょう。
(ここで東会長が「愛に生きる」の文章を音読)
 

鈴木鎮一著「愛に生きる」講談社現代新書 900円(税込)

 
 基本的に指は動くものだという認識を持ち、目的に合ったスピードで目的に合った場所に行けているかどうか、そして行き先で目的に合った力加減が発揮されているかどうかがポイントになります。鈴木先生は原因は指ではなく頭脳にあるとおっしゃっていますが、これは頭の良し悪しではなく、脳の働かせ方にあるということです。私たちは、指先を使って楽器を操作するわけですが、的確によい力加減でやるためには、非常に広範囲で複雑なネットワークを脳に作る必要があります。近年、脳科学の分野で非常に研究が進んでいます。私たちのスズキ・メソードでも東京大学との共同研究を通して、音楽と脳に関する研究を重ねております。大変時間と手間のかかる作業で、鈴木先生のおっしゃっていたことが証明できるかどうかは簡単なことではありませんが、頭の中でネットワークを作っていくことが大切だということを、鈴木先生は60年以上前にもうわかっていらしたことになります。この生徒さんは、速く弾くところができない。ゆっくり丁寧に繰り返し繰り返し、3日間練習。4日目に少し速くして2日間、そして6日目に速く弾いてみる。2日ごとに少しずつテンポアップする方法は、定番の練習方法です。
 
 ピアノでいえば、一つひとつの音をどういう感触で弾くか、鍵盤を移動する際の手のフォームや各部の動きはどうか、自分で感じ取りながら予想して、結果から音を感じ取り、触覚を通した感覚から音楽を感じ取る。それが頭の中のネットワークになると考えています。
 
 私の場合はできるだけ細かいメニューを作っています。そうしたことが「愛に生きる」には、とてもシンプルに簡略化したレシピとして書かれています。これを元に受け持ちの先生と、より細かな練習メニューを組み立てていくことが大切です。
 

言葉で心を認めていく

 
 それと、鈴木先生のこのシーンでは、手が動くかどうか、生徒さんに実際にやらせてみて、動くことをまず認めさせていますね。それを否定できない状態を作ることが、心理指導にもなっているのです。生徒も、きちんと指が動くことを認めています。
 
 保護者の皆様から一番多い質問は、「どうして練習しないの? 練習するにしてもだらだら弾くだけだから、先生からの注意をやらないのはなぜ?」ですが、そのことを直接指摘すると、お子さんは反論しないまでも、気持ちが前に向かなくなります。
 
 大切なのは、日々の練習の一瞬一瞬を充実させること。そのためには、お子さんを観察して、どういうふうに集中しようとしているのか、あるいは集中しようとしていないのか、そのきっかけを見つけて、言葉で認めてあげること、気持ちを向かわせてあげることです。ご家庭の毎日の中で、何気ないシーンにも、何か認めてあげればいいと思います。くどくどした説明や、責め立てる必要はありません。お子さんの心を認めてあげる。幼児から小学生、中学生と成長するにつれ、人格も少しずつ変化していきます。その中で、どういう方向にそのお子さんの気持ちや意欲、欲求が向かっているのかを知ることが大切です。その一助となる楽器を通した教育をスズキ・メソードでは大切にしています。


 それでは、質問に答えるコーナーです。
 今回は、次の質問が事前に届いています。
 
Q1:松本で、東先生に耳の後ろの後頭部を弛めることを教えていただき、効果を感じております。親子とも感情的になりそうな時に、実践しています。ピアノの演奏や勉強の試験など、本番や日々練習する際に準備のような先生が実践なさっていらっしゃる事など(習慣)などがありましたら、ぜひ教えていただきたいと思います。
 
東会長:これは昨年、松本の夏期学校での保護者交流会でのやりとりにありました。お子さんがピアノの練習をやる、やらないと感情的になった時に、怒りのコントロールというのはある程度できるというお話をしました。怒りの気持ちを持つと、血流が増えて、後頭部にかけて硬くなりますから、ちょっと触ってみて、めてみませんかというお話です。突発的な怒りはこれで回避することができます。この質問者の方は、親子ともに感情的になった時に実践されているわけですね。それで、今回の質問で、私が本番の日や日々の練習で実践しているルーティンは、2023年に作成した「お稽古動画」でも紹介しています。会員の皆様はマイページからご覧いただけます。最初の動画は、「ピアノに座るときはこんなことに気をつけましょう」という、これも一つのルーティンです。座ってから、腰に気持ちを持っていきます。腰に気持ちが集まるまで2呼吸くらい待ちます。自分の気持ちがおへそより下に集まったと感じてから、モーションを起こすわけです。実にシンプルです。難しいことを難しくやることが大切なのではなくて、いかにシンプルにして実行していくかということが大切になります。
 
Q2:娘は、現在大学では欧米言語を学んでおり、留学費用の捻出のため、バイトに励む毎日です。あまりピアノの練習はできていないですが、今はスズキの先生のところで、ベートーヴェンのテンペストとワルトシュタインを練習中です。来月からドイツに留学を予定しています。もし機会があれば、スズキの人たちと交流できればと考えていますが、現地での情報がなく、可能でしたらご紹介いただければ嬉しいです。 2018年の夏期講習にて、マスタークラスで東先生にピアノ協奏曲第26番「戴冠式」の第1楽章をご指導いただいた経験があります。
 
東会長:私自身、ヨーロッパで音楽を学びましたが、気候・風土・生活スタイルの全般を体験できたことは、とても大きな経験でした。それは、私たちが演奏する作曲家が育った環境を追体験できたことが何よりも大きな収穫でした。海外ではレッスンを通してや、いろいろな講習会に参加して学ぶわけですが、フランスでは、例えば楽譜をどう読むか、その表現に必要な音を出すための奏法はこう、といった、とても実践的な教えを受けました。いろいろな国に留学した友人たちの話を聞いても、そうした事柄が最もシステマチックに組み立てられているのがフランスだということもわかりました。詳しくは、また別の機会にお話ししましょう。今は、ロシアの先生がスペインで教えていたり、フランスの先生がドイツで教えたり、それぞれの国のいいところが別の国に移植され、全体的にはそれがよく作用しているふうに私は思っています。現地のスズキと交流するというのは、国によってだいぶ差があると思います。イタリヤやスペイン、フィンランドはヨーロッパの中でもスズキが盛んです。ドイツは、クラシック音楽の総本山ですので、スズキに特化して一生懸命なさっている方を見つけるのはやや難しいかもしれません。
 
Q3:我が家の子どもたちはお稽古が終わるとチョコレートなどちょっとした物を口に入れます。お稽古が上手く行けばご褒美感が出ますし、上手く行かない日も切り替えになるようです。東先生は「今日はがんばったな」と思われる時、ご自分へのご褒美にどんなものを用意されますか?
 
東会長:私自身も、子どもの頃にがんばったときは、お菓子をいただいた経験はありましたね。子ども騙しのようにも思えますが、実は、脳科学的に言うとものすごく重要な意味があって、脳細胞の働きはブドウ糖によってなされていますから、練習後に甘いものが欲しくなるのは、それだけ良い練習を(脳のネットワークを良く働かせた)したということの証でもあるのです。だから「よくがんばったね」と褒めながら、甘いものを与えるといいですね。私も1時間半くらい練習してから、チョコレートを食べることもあります。それで結構回復したような気分になります。
 
Q4:忙しくてなかなか練習時間がとれません。短い時間で練習するコツや、どんな順番で練習するといいか、これは必ずやった方がいいことなどを教えてください。
 
東会長:さきほどの「お稽古動画」ですが、最初の座り方なら1分もあればできます。この方に私から提案したいのは、スケール(音階)の練習です。「ハノン」という教本の39番には、24あるすべての調性のスケールとカデンツァがあります。これを毎日一つずつ練習します。速度はメトロノームで80とか60です。好きな速さで構いません。これは片岡先生がおっしゃっていた方法ですが、音符一つから始めて、タンタンタンタンタンタンと2つずつに分割していきます。4オクターブを1回登って帰ってきます。今度は、タタタタタとさらに2つに(最初の長さから見ると4つに)分割し、登って帰ります。これを片手ずつと両手、そして最後の和音を必ず弾きます。これを日課にしてしまいます。これのいいところは、何をやればいいのか考えなくていいことです。24種類を順番にやることで、24日かかりますが、この方法で培った力は落ちません。これ自体は、10分しかかりませんし、反射神経が働くようにいつでも弾けるようになります。ヴァイオリン科やチェロ科、フルート科にもそうしたパターンがあると思います。学校の勉強で忙しくて練習する時間がなくても、これをやっておけば培った能力を落とすことがなくなりますし、少し時間ができた時に新しい曲を少しずつ勉強していく時に実践できることになります。
 
Q5:曲を仕上げていく際、よくストーリーをつけてイメージを膨らませるといいと聞きますが、どうしても具体的なストーリーというものが思いつきません。自分のヘタなストーリーをつけてしまうと作曲者への冒涜のような気もしてしまいます。よしんば断片的な漠然としたイメージのようなものが浮かんだとしても、いざ弾くとなるとすべてが吹っ飛びます。音楽は音の流れとしか聞こえず捉えられません。東会長は曲の物語やイメージが自然に浮かんだり、または意識的に付加したりされますか。
 
東会長:イメージを膨らませること自体は、作曲家の冒涜にはまったくなりませんから、どんどんなさってほしいと思います。音楽には我々のように楽器を扱う器楽と、歌詞を持つ声楽がありますね。声楽は歌詞がある分、内容が理解しやすくなります。歌詞の内容がメロディや和声、リズムによって非常に効果的に強化された状態で聴こえてくるのが歌ですから、ポピュラーソングも含めて最も人気があるのは歌です。クラシックの場合も訓練された素晴らしい声の持ち主の歌を聴くととても感動します。一方で、我々の器楽は歌詞がないので、何を表しているのかわかりにくいところがあります。そこでどのようにイメージを膨らませるかですが、そこには「聴く」という行為が入ってきます。そのことを鈴木先生は80年前にすべてわかっていらしたので、いい演奏を、いい器楽奏者の演奏を聴くと、音だけですべての音楽表現が為されています。別に高名な方でなくても、知られていない人でもいい演奏をする方はたくさんいらっしゃいます。それらを聴いて、何を聴き取るか。イメージを喚起されたと思ったら、それがいい演奏です。YouTubeを見ていてもどれがいい演奏かわからないかもしれませんが、これまでの評価を参考にされるのは一つの方法で、とにかく聴くことです。簡単に申し上げますと、イメージ力は、聴いた数に比例しますから、自分の感覚が少しでも動いたと思ったら、それを重点的に聴いていくことです。100回聴いて飽きたら、別のところに移ればいいです。そうやって、私は「聴きる」と呼んでいますが、「聴く」ことは音楽的感性を育てるのに最も大切なことですから、ぜひそれをなさることをお勧めします。それをやっていくと、自然に「あ、こんな音の組み合わせって、こんなふうに思ったことあるな」と脳のネットワークが働き出します。鈴木先生はステレオもろくに普及していない時代から、提唱されていましたね。今は、YouTubeがありますから、簡単です。簡単にたくさんの曲を「聴きって」ください。感動できるかどうかの感性や判断力も身につきます。それらをどうやって楽器の演奏に結びつけるかは、先生によく相談されることです。
 
Q6:幼稚園の頃は、6歳離れた姉を見てピアノを楽しく自分で弾いていました。曲ができるようになると「弾けたー」と大喜びしていたのですが、3巻4巻と進み、徐々に曲の難易度が上がり、演奏の際に気にすることが増えるに連れ、大変さが出てきたようで、家での練習がスタートするまで時間がかかるようになりました。本人も思うようにできなかったり、親も強く言ってしまう毎日が続いています。親も中々始まらないことにスタートからイライラしてしまい悪循環。学校で疲れているのは理解しているので、自分に余裕ある時は対処できますが、そうでない時は、つい大きな声で言ってしまいます。せっかく楽しくピアノを弾いていたのに、厳しく言うことでピアノが嫌いになってしまうのでは? と心配&不安です。あと、人前で演奏する発表会で極度の緊張があるようです。以前、ステージ袖にいた先生に深呼吸を教わり、本番に臨んだ際は「緊張しなかったー」と言っていましたが、歳を重ねるごとに緊張が増えているようです。「緊張しても良いんだよ」と伝えていますが、少し軽減してあげたいと思っています。呼吸方法も含め、何か良い方法はありますか?
 
東会長:このご質問も奥が深いですね。指導曲集は、難易度が上がるように組まれています。そこを乗り越えることでスキルがつき、能力が積み重なるようになっています。実は卒業曲を過ぎると若干ですが難易度を落としてあり、卒業曲を通してがんばった成果を感じることができるようになっているのです。手品の種明かしみたいですね。ですから指導曲集の順番通りにやることが、本当に大切になります。巻数が進むにつれ、要求されるスキルが何かを先生に伺いながら、問題点を特定していく作業が大切になります。曲の流れにあたるフレーズごとに、どの部分が難しいのか、ピンポイントとなる音の並びを特定することです。この特定なしには、物事が進みません。
 
Q7:美しい音を作り出すためには、まず自分の出す音をよく聴くことが大事だと思いますが、その他に先生が普段から心がけていらっしゃることがありましたらお聞かせください。
 
東会長:音を聴くことは大切なことですが、何を聴くかと言うと、振動を聴くのです。ピアノも弦楽器も弦の振動が音として空気中に放出されます。その振動の様子を聴くわけですね。ピアノ科の夏期学校では何度も取り上げていますし、ヴァイオリン科やチェロ科、フルート科でもトナリゼーションということで、取り上げていらっしゃるはずです。このトナリゼーションを練習の中の最初の5分、10分に取り入れることで、音を聴く力は、ものすごく育ちます。それによって音に表情があることがわかり、スキルが感覚的に高められていくのです。
 
Q8:娘がピアノを習っております。東会長がピアノ科の先生でいらっしゃるので、日々の練習に対する姿勢、また娘たちが学校の金管バンド・オーケストラ部でトロンボーンを練習しているので楽器全般の習得や他の奏者との合奏の際に、心がけていらっしゃることなど学ばせていただけたらと思っております。
 
東会長:呼吸を感じているかどうか、ですね。つまり、拍を感じているかどうか、ビートです。私はおへその奥、と呼んでいますが、身体の中心部で拍子を感じとります。実際に楽器から音を出す時にはそのままできませんが、腹筋を収縮させることで拍を感じる練習をするといいですね。
 
以上で終了です。今後も、東会長とのオンライン交流会を開催する予定です。