フルート科創始者髙橋利夫先生の87歳のお誕生日会&研究会を
松本の才能教育会館で開催。
報告:宮地若菜先生(関東地区フルート科指導者)
フルート科の創始者である髙橋利夫先生が87歳のお誕生日を迎えられました。コロナ禍があり、実に6年ぶりに髙橋先生とお会いしてのお祝いの会を開くことができました。2月がお誕生日ですが松本の真冬の寒さを考慮して、春の訪れを待って4月2日に開催しました。
髙橋先生ご自身も会館にいらっしゃるのは6年ぶり、リニューアルされて以前とは異なる会館ですが、懐かしそうに鈴木鎮一先生のお写真他数々の写真の前に歩を止め、ご覧になりながらゆっくりと2階の会議室まで歩いていらっしゃいました。ハッピーバースディの歌とフルートの二重奏でお迎えし、和やかな会が始まりました。
午後は研究会となり、髙橋先生が私たちフルート科の指導者に是非とも伝えなければとお考えになった貴重なお話をお聞きしました。
先生が繰り返しお話されることは、「”本物がわかる高い感性と音楽的センスを持った人を育てること”が私たちの使命であり、そのことがひいては世界の平和につながる」という鈴木鎮一先生の教えです。これは孔子の礼楽思想「礼は社会の秩序であり、楽は人心を和らげ、民心を良くし、それゆえ政に通じ、治平の道につながる」につながる哲学です。
「指導者に認定されるときには ”常に己を高め、より良い指導に全力を注ぎます。私たちの共通の目的に向かって努力し、良き市民、良き社会の手助けとなるよう努力します” という宣誓を行う、小さな子にとってスズキ・メソードの指導者は初めての親以外の人格かもしれない、常に己を高めるために努力をしなければならない」とのお話から始まり、私たち指導者は我が身を振り返り襟を正す時間となりました。
(以下の色文字は、髙橋先生のお話の要約です)
鈴木鎮一先生はエルマンのアヴェ・マリアを聴き、魂をゆすぶられるような感動をされた、その感動に突き動かされてヴァイオリンの勉強を始め、ドイツに渡り、帰国までの8年の間にクリングラー・クヮルテットの演奏するモーツァルトのクラリネット五重奏曲を聴き、拍手を忘れるほどの感動をされ、またアインシュタイン博士の人間愛に満ちた謙虚なお人柄に触れ大きな影響を受けられた。
帰国されて後年、「日本中の子供たちが皆日本語を自由に話している」という事実に大きく驚き感動された。それが才能教育(スズキ・メソード)の原点となった。スズキ・メソードは鈴木先生の「愛と感動」から始まった「生命への教育」である。この母国語の教育法を人類の共通語である音楽に応用しようという発想も素晴らしく、海外では「能力の法則」と呼ばれ、ニュートンの万有引力の法則に匹敵するものとして、多くの大学でSuzuki Pedagogy(幼児の教育法)の教科として取り上げられている。
演奏家を育てるのが目的ではなく、子どもたちを高い音楽的センスの持ち主に育て、高い音楽的センスを身につけるとあたたかく、気高く、美しい人間感覚が育てられる、そのためには”本物”をたくさん聴くこと。スズキ・メソードは音楽を通しての人間教育である。そしてこれらを実現するには、まず ”生命ある音”の指導が最も大事である。
鈴木先生にレッスンを受けていた時に、当時有名だったフルーティストのレコードをいくつか持っていき聴いていただいたことがあった。モイーズのレコードをかけたところ、鈴木先生は即座に「これです!髙橋さん、この音です!」と。そして「モイーズ先生はまだご存命でいらっしゃいますかね?」とおっしゃられた。鈴木先生のその言葉に背中を押されて渡米し、6ヵ月後にモイーズ先生を探し当て、教えを受けることになった。
モイーズ先生の多くの演奏録音が残っているが、それは当時の録音技術で収録された音であり、生の音とは違う。実音はもっとあたたかくしなやかで、決して大きな音ではなかった。「一音」でものをいう音が素晴らしかった。
ダイナミクス、ディミヌエンドでは、両唇の間の振動粘膜がしなやかに変化し、唇自体はほとんど動かさないという神技であった。常に一番良い音が出ている時のアンブシュアを保っていた。そして音楽的に素早いブレスが必要なキャッチングブレスの際にも、両唇を極力動かさないような吸気をされていた。アンブシュアを壊さないようにするためには、まず鼻から息を吸い、後頭部から背骨を通して下腹へ吸い込み、息を保つという呼吸法の訓練をしなければならない。
モイーズ先生の元で3年近く勉強された髙橋先生ならではの貴重なお話をお聞きしました。そして持参されたカセットテープでモイーズ先生の日本の曲「宵待草」「からたちの花」「花嫁人形」を聴かせていただきました。デジタルで録音されたCDよりもカセットテープの方が実音に近いという先生のお考えによるもので、テープから聴こえるモイーズ先生の音は密度の濃い温かい音でした。
スズキ・メソードにおける指導の最重要点は、トナリゼーション「発音法」である。鈴木先生は、音には3つのポイントがあるとおっしゃっていた。それは「音形」「音色」「音質」。「音を音形として聴く能力が備わると自分の表現能力を高めることができる」と鈴木先生の著書「表現法」にも書かれている。
アタックと音色とディミヌエンド、カザルスの演奏を聴くとそのことがよく解る。高く高く舞い上がった状態、魂のこもった高次元の音、アタックと豊かな音色と美しい余韻、それは勢いと命と余韻でもある。
フルートの場合、「音形」は、アタック(=スピッティング)と後の継続する響き、それは両唇の間で鳴らない口笛(=フェスリング *髙橋先生造語)を吹くようなイメージを持つと良い。「音色」はむらさきの音、あたたかく、気高く、美しい音。唇のしなやかさが音色を決める。「音質」はきめ細やかでしなやかな音、決して大きな音ではない、しなやかさがあるとディミヌエンドができる、ダイナミクスを練習することで身に付く。
熱のこもった講義は、さらに続きました。
指導する上で大事なことは、「立派な音」「正しい音程」「立派な拍子」である。
「立派な音」
モイーズ先生は「教会の鐘の音」が自分の音の原点だと言っておられた。モイーズもカザルスもベルトーンだ。余韻の美しいベルトーン、「一音で歌える音」につながる。
「正しい音程」
フルートという楽器は音階が平均律でできている。そのためヴァイオリンと合わせると、3度6度7度の音程が低かったり、メロディの中では、♯が低すぎたり、♭が高すぎたりする。そのことを理解してスケールの練習をする。上向のスケールでは少し口腔内の圧力を上げて3度6度7度を高めに吹く。短調の場合は下向の3度と6度を少し低く吹く。ピアノも平均律で調律されているが、コルトーの演奏を聴くと表情音程を意識して音色をコントロールしていることが聴き取れる。
「立派な拍子」
立派な拍子とは、命ある音を使っていかに舞い上がるか、つまり正しいテンポとリズム拍に乗りつつ、テンポルバートやアゴーギグを駆使して、いかに「秩序あるファンタジー」を表現するかということである。
例えばアウフタクトの場合、その音は踊り出す前に足を上げる時の準備の音、エネルギーをためて吐き出すというイメージ。楽曲はアウフタクトから始まるのがもっとも自然で、その証拠に名曲の7、8割はアウフタクトから始まっている。
1巻のブーレ(ヘンデル)2巻の歌の翼に(メンデルスゾーン)では、アウフタクトと下拍による踊りと歌を指導する。3巻のメヌエット(ビゼー)はテンポルバートが大事、フレーズに命を与えることができる。歌ってみると分かる、聴いて、歌って、吹くという3つのステップでやってみる。子どもは聴き所を教えてやるとより喜んで聴き、地声でも一緒に歌ってやると着いてくる。それから初めて自分の楽器で吹かせてみる。
演奏の際の注意点としては、モイーズ先生の「ソノリテ」に「短い音符は動きを聞かせるために、長い音符は音のニュアンスを聴かせるために」と書かれている。
また指導曲集は、1巻から4巻までが特に重要。時間を掛けても丁寧に仕上げておくと、後がよりスムーズに楽しめる。
髙橋先生のお話は縦横無尽に数々のエピソードや例えのお話に満ちていて、2時間の予定を大幅に超え、3時間近い研究会となりました。さぞお疲れになられたことと心配しましたが、先生は伝えたいことのまだ半分しか話せなかったとおっしゃいました。
髙橋先生は、鈴木鎮一先生の一番近くで一番長く教えを受け、ヴァイオリンとフルートという楽器の枠にとらわれないからこその、鈴木先生の真の教えを伝えてくださっています。
先生にはくれぐれもお身体を大切にされて、私たちに貴重なお話を伝えていただきたいと切に願い、次回の研究会を準備したいと思います。