酒井邦嘉先生(東京大学大学院総合文化研究科教授)からのメッセージ
音楽の脳科学 ~才能教育研究会とのMRI調査開始に寄せて~
酒井邦嘉先生 今年7月より、才能教育研究会との共同によるMRI調査がいよいよスタートしました。調査に参加してくださった生徒のみなさんをはじめ、共同研究に関心を持ってご協力をいただいた指導者、保護者、事務局の方々に厚くお礼を申し上げます。どうもありがとうございました。最初の調査は一段落して、これから数ヵ月かけてデータの解析に入ります。論文にまとまり次第、その成果をお知らせしたいと思います。
調査で使用したMRI装置は、東京大学に3つあるキャンパスの一つ、駒場キャンパスにあります。このキャンパスは新入生が最初の2年間を過ごすところで、さらに教養学部と大学院に進学した学生を多く抱えています。今回の調査を通して、大学というキャンパスライフの一端を見ていただいたわけですが、自分の脳の画像を見るというのも、ちょっと特別な体験となったことでしょう。
脳の研究が進めば、日々の練習や学習が脳のどこに蓄えられ、そうした経験がどのように活用されるかが分かってくると思います。経験の活用では、興味深いことにさまざまな応用が利くのです。たとえば私は子どもの頃からヴァイオリンを弾いていて最近フルートも習い始めたのですが、音楽を一から学び直す必要はありませんでした。音楽の経験は他の芸術、ひいてはどんな勉強にも役立つことになります。つまり、一芸を極めれば何でもできるようになるのです。この「奥義」を科学的に裏付けたいと私は考えています。
今回の研究では、中高生という伸び盛りの生徒さんに参加していただきました。音楽的な成長にとって大切なことは、完成された技術よりも、そこに向かってを積んでいく過程にあります。一歩ずつ日々の努力を重ねることの大切さが今回の研究を通して明らかになれば、より多くのみなさんに役立つでしょう。そのことは、スズキ・メソードの精神にも通じると思います。今後の研究にどうぞご期待ください。
■東京大学との共同研究
これまでの経緯
東京大学と才能教育研究会による初の共同研究「脳科学が明らかにする言語と音楽の普遍性」は、本年1月24日の渋谷ヒカリエでの記者発表後、1月31日には、毎日メディアカフェで早野龍五会長と酒井邦嘉教授による対談を実施。満席の聴衆から大きな関心を抱かれ、質疑応答も盛んに行なわれました。
1/24 渋谷ヒカリエでの記者発表
1/31 毎日メディアカフェ
その後、スズキ・メソードの指導者によるワーキングチームと酒井先生との間でMRIによる調査課題の項目を検討。3月に課題となる音源を脳科学者でもあるフルート科の宮前丈明先生に依頼し、録音しました。また、調査対象をヴァイオリン科の前期中等科〜前期高等科を卒業した18名、同じくヴァイオリン科の才能教育課程を卒業した18名に設定し、関東地区の指導者を通して、中学生と高校生に声かけをしていただきました。
調査そのものは、7月〜9月にかけて東京大学駒場キャンパスのMRI室で行なわれました。宮前先生が演奏されたフルートのサンプル音源3曲を、調査日の1週間前から生徒たちに毎日聴いてもらい、調査日にMRIの中で、音源を聴きながら、いくつかの課題を解いていただくというもの。ある特定の課題を解く時に、脳のどの部分が働くかをMRIで描き出すことが目的。現在、安全性にも十分配慮した調査を終えたところです。
ヴァイオリン科の生徒にフルートの音源を提供した理由は、あえて違う楽器の音を聴かせることで、「音楽の普遍性がより明確になる」と酒井先生が考えたため。また、二つのグループを対象にしたのは、それぞれの比較が目的ではなく、ヴァイオリンの習熟度によって、脳がどんな課題に反応し、活性化するのか、あるいは音楽表現への「慣れ」で逆に脳内に省エネ機構が働くのかを解明するためです。
いずれにしても、詳細な解析には数ヵ月が必要で、今後も折に触れ、紹介していきます。
早野龍五会長と、東京大学の酒井邦嘉教授、フルート科の宮前丈明先生が、
10月12日(木)の毎日メディアカフェで鼎談。
テーマは「脳科学が明らかにする言語と音楽の普遍性 Part.2 2017秋」