300年にわたるフランス・フルートの栄華を
井上さつき先生が紐解きました

 

『フランス・フルート奏者列伝』
(音楽之友社 税込3,080円)

  『日本のヴァイオイリン王 鈴木政吉の生涯と幻の名器』(中央公論新社)などの著作をはじめ、鈴木政吉の果たした業績などを詳細に記述されてこられ、マンスリースズキでもお馴染みの井上さつき先生(愛知県立芸術大学名誉教授)が、今度はフランス・フルートの300年にわたる時代を生き抜いた20人の名奏者たちの華麗なる生涯と業績を膨大な資料をもとに描き出した『フランス・フルート奏者列伝』(音楽之友社)を上梓されました。

 これは、ムラマツフルートを扱う村松楽器販売が会員向けに発行している季刊誌の2015年春号〜2023年夏号まで8年にわたって連載された記事を再構成したもの。連載第1回の2015年春号の目次を見ると、井上先生の連載に「NEW」と表示されていることに加え、スズキ・メソードと東京大学の共同研究で知られる酒井邦嘉先生の記事も掲載されており、とても興味深い内容です。

 今回の『フランス・フルート奏者列伝』には、スズキ・フルートの創始者、髙橋利夫先生が苦労して探し出され、師事されたマルセル・モイーズについても極めて詳述されていて、読み応えがあります。フルート科指導者の皆様、さらにはフルートを学ぶみなさんにとっても、とても新鮮な内容に驚かれるのではないでしょうか。
 
 この夏開催のパリ五輪をはじめ、フランスの話題がこれからどんどん多くなることが予想されますが、フランスの音楽・文化・社会の歴史をフルート奏者の列伝という形を切り口とした本書の意義は計り知れません。
 


 今回、著者の井上さつき先生から特別にメッセージを寄せていただきましたので、早速ご紹介しましょう。
 

モイーズがフランスを出て、なぜアメリカに定住したのか、
その理由も解き明かしました!
                            井上さつき

 
 先ごろ出版された拙著『フランス・フルート奏者列伝~ヴェルサイユの音楽家たちからモイーズまで』(音楽之友社)を「マンスリースズキ」でご紹介いただけるとのこと、大変光栄です。この場をお借りして、少しご紹介できればと思います。
 
 この本は、フランスが生んだ名フルート奏者たちの系譜をたどったものです。もともと、世界的に知られる「ムラマツフルート」を扱う村松楽器販売が会員向けに発行している季刊誌『ムラマツ』に8年間にわたって連載したものを、新たにまとめ直し、書籍化しました。
 

 フランスでフルートが独奏楽器としての地位を確立したのは、17世紀後半に、宮廷音楽家のリュリがオペラのオーケストラにフルートを導入したあたりからです。ちょうど太陽王と呼ばれたルイ14世の時代でした。本書では、ルイ14世に愛された二人の名フルート奏者たちから話を始めました。当時、フルートは木製で、このころ、キーが一つついた一鍵式フルートが生み出されています。そこからさまざまな改良がおこなわれ、キーの数がどんどん増えていきました。

 その間、フランスでは絶対王政からロココの時代を経て、大革命が起こり、社会は大きく変わります。それまで、音楽家は教会と貴族たちに深く依存し、教会では音楽は宗教に奉仕するもの、宮廷では人を楽しませるものでしたが、革命以降、音楽の役割は政治的・社会的な動きと連動して、劇的に変化していきます。そして、新たに生まれた教育機関、パリ音楽院がその後のフルート界をひっぱることになります。
 
 さて、現在のフルートは木管楽器の一族ですが、ほとんど金属製で、その形は1847年型のベーム式フルートによって完成されたもの。考案したのはドイツのテオバルト・ベームですが、その技術を評価し、発展させたのはフランスの工房でした。そして、そのフルートを使用するポール・タファネルがパリ音楽院フルート科の教授となり、フランスのフルート流派を確立します。フランス・フルート流派はタファネルの弟子たちを通じてイギリスやアメリカにも広がり、その後の世界のフルート界の流れを決定づけることになりました。
 
 この本は、そのタファネルの最晩年の弟子で、日本にもなじみ深いマルセル・モイーズをもって終わりにしました。モイーズといえばスズキ・メソードとも関わりの深い巨匠ですが、モイーズが第二次世界大戦後、フランスを出てアメリカに定住したのはなぜだったかということについても、本書をお読みいただければお分かりいただけるのではないかと思います。

 こうして、激動の歴史を生き抜いた20名のフランスのフルート奏者たちの華麗な生涯と業績をまとめたわけですが、執筆するにあたってつねに念頭にあったのは、社会と音楽という視点を持って描くこと、時代の流れの中でフランスのフルート奏者たちがどのように生き、音楽に携わっていたかを描くことでした。フルートという楽器の歴史についてはこれまでにも良書が出ていますが、フルート奏者、それもフランスのフルート奏者の歴史を扱った類書は書かれていません。きちんとした評伝があるフルート奏者はごく一部でしたが、フルートという補助線を引くことで、私自身、フランスの音楽・文化・社会の歴史が新たに見えてきたように感じます。フルートの愛好家はもちろん、一般の読者にもお読みいただければ大変うれしいです。
 


 
最後に、この書籍の購入方法です。
全国の書店、もしくは以下のネットshopで購入できます。
→音楽之友社
→Amazonのサイト
→ムラマツオンラインショップ
→紀伊国屋書店ウェブショップ
→Rakutenブックス