チェロ科で学んだ10年が、
表現者としての今を支える大きな「糧」になっています。
                           映画監督 平波 亘

 
 初めまして。平波 亘(わたる)と申します。
 現在、東京で映画監督をしております。このたび、監督した映画が松本市で上映、長野市で公開されることとなり、チェロでお世話になった北沢加奈子先生のご厚意により、こちらに文章を寄せることになりました。
 

 5歳から15歳までの10年間、スズキ・メソード音楽教室にてチェロの勉強をしていました。もう30年から40年前のことになります。その時、教えていただいていたのが北沢加奈子先生でした。毎週通っていたチェロ教室での北沢先生の厳しくも優しい指導、毎日自宅で教本に向かい合ってはチェロを弾いていた日々、緊張で震えながらも一生懸命だったコンサートへの出演など、感受性豊かだったであろう時期に、チェロと向き合っていたあの記憶は、分野は違えども表現活動に勤しむ現在の自分の、かけがえのない糧になっていることは間違いありません。それもすべては、そういう環境で自分を育ててくれた両親の愛情、同じくスズキ・メソードでヴァイオリンの勉強に励んでいた姉や妹のサポートがあってこそだからだと思っています。

 
 映画監督をしていると言いながらも、生活のために映画の現場で助監督の仕事もしています。その内容は主に撮影現場での仕切りや、スケジュールの管理、俳優部や技術部の仕事が潤滑に進むように諸々を整える、といったものです。
 
 昨年『そばかす』という映画で助監督をした際に、主演の三浦透子さんはチェロを弾くという設定でした。三浦さん演じる佳純は、音大に行ってチェロを学びながらも、自分の才能に限界を感じて、本当に好きだったチェロと向き合えなくなっているという役どころで、その姿はかつての自分と重なるものがありました。それでも前に進むために小さな一歩を踏み出そうとする佳純の想いに、過去の自分が浄化されていくような不思議な感覚を覚えました。あの時、本当に真剣にチェロと向き合えていたからこそ、それまでの自分を支えてくれた人たちに対する感謝を忘れずに、新たな一歩を踏み出すための勇気や、自分を根底から守ってくれる自信が芽生えたのだと思います。
 

左端が平波監督

 説明の順番が逆になってしまいましたが、チェロという道を諦めて、映画という道を選んだ自分を今でも支えているのは、スズキ・メソードでの大きな経験があったからだということを胸を張って伝えたいのです。もちろん、映画の道も本当に長く険しいものでして、今でもまだ道半ばではありますが、ようやくそう思えるようになった自分を少しでも誇りたいのです。

 なぜか自作ではない宣伝みたいになってしまいましたが(笑)、冒頭で申し上げた通り、監督した映画が松本市と長野市で上映されることになりましたので、お伝えをさせてください。『餓鬼が笑う』という映画になります。
 
 何やら不穏な題名ではありますが、その内容は一人前の骨董屋を目指している青年が、ある日運命の恋に落ちたことによって、あの世とこの世の境目を彷徨うことになるという、ファンタジー要素が強めの青春映画となっております。主演を務めるのは田中俊介さん、ヒロインは山谷花純さんと、昨年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にも出演され、今や若手注目株のお二人が運命の恋人たちに扮します。そして萩原聖人さんや田中泯さん、片岡礼子さんなどのベテラン俳優陣が物語に彩りを添えて、他にもたくさんの個性豊かなキャスティングが実現しました。

 東京では昨年のクリスマスから公開され、6週間のロングラン上映をしていただき、2月から関西地区を始め、全国公開が始まりました。コロナ禍になってから企画・製作された本作ですが、こういう時代の中で映画に限らず、あらゆる表現が現実とどう向き合っていくべきか、そんなことを必死に考えながら創った作品です。「観るたびに見え方が変わる万華鏡のような映画」と評される不思議な映画ではありますが、ぜひ楽しんでいただければ幸いです。

 映画という道を選んだ自分ではありますが、スズキ・メソードの才能教育で学んだ10年間は、本当に現在も自分が自分であり続けるための糧となっていると思っています。この世には、音楽・映画・文学・絵画・演劇などさまざまな芸術表現がありますが、そういう表現に出逢うことは、自分の中に幾つもある感受性のドアを時に優しく、時にぶっきらぼうに開いてくれます。自分にとって一番の恐怖はそういう時に「わからない」と言って、そのドアを閉めてしまうことで、それは自分が世界と繋がる可能性を閉ざしてしまうことだと思います。スズキ・メソードで育てらえた感性の種は、音楽だけでなく、あらゆる芸術や娯楽に触れる喜びという花を咲かせてくれました。それはどんな仕事にも、コミュニケーションにも通じることだと信じています。それを証明し続けるために、映画という道を諦めずに、これからも進もうと思っています。最後になりましたが、映画『餓鬼が笑う』を何卒宜しくお願いいたします。

 
平波 亘(ひらなみ わたる)
1978年、長野県塩尻市出身。5歳から15歳までスズキ・メソードにてチェロを学ぶ。2004年より上京して映画制作活動を開始。自主映画の登竜門である、ぴあフィルムフェスティバルに入選するなど、国内外の映画祭で監督作品が上映される。監督代表作として『スケルツォ』(2008)『アイネクライネ・ナハトムジーク』(2011)『労働者階級の悪役』(2012)『東京戯曲』(2014)『the believers ビリーバーズ』(2020)など。他にもTVドラマの演出、舞台演出、ミュージックビデオ製作などその活動は多岐に渡る。最新長編監督作は『餓鬼が笑う』(2022)と『サーチライト-遊星散歩-』(2023年公開予定)。800lies.jimdo.com

 
映画『餓鬼が笑う』公式ホームページ
→gaki-movie.com
 
映画『餓鬼が笑う』上映情報
2月23日(木・祝)まつもと市民芸術館小ホールにて上映
13:30 開場 / 14:00 開演 / 16:45 終演
チケットは下記にて販売中
・井上百貨店6階「井上プレイガイド」
・まつもと市民芸術館
インターネットでのご購入は下記にて。
→https://teket.jp/1841/20095
 
2月24日(金)より長野相生座・ロキシーにて公開
→http://www.naganoaioiza.com/info-gakigawarau#event0225-2
2月25日(土)18:45の回上映後、平波亘監督による舞台挨拶を開催!
※上映は3月9日(金)までの予定です。
 
全国での上映は下記の通りです。