山本栞路(かんち)さんへの思いの連鎖に大きな反響
5月21日放送のNHK「あさイチ」に映し出されたのは、2023年春に白血病により21歳で亡くなられた山本栞路(かんち)さんの生前の演奏データをもとに、ヤマハが進めている最新のテクノロジーで、実際のチェロそのものを鳴らす試みでした。NHKオンデマンドでアーカイヴをご覧いただけます。
→5月21日「あさイチ」のアーカイヴ放送
※NHKオンデマンドの視聴には、別途契約が必要です。
3歳からチェロをスズキ・メソードの寺田義彦先生のもとで学ばれた栞路さんは、各種コンクールで頭角を表し、桐朋学園大学音楽学部特待生として将来を嘱望されるチェリストでした。幼い頃からの演奏動画が多数残っており、台湾スズキでの演奏記録なども公開されています。幼少期から非常に自然な歌心と集中力を持った演奏で知られていて、技巧派というよりも「人の心に届く演奏家」として誰からも愛される方でした。栞路さんをよく知る音楽仲間たちが毎年春に集まり、メモリアルコンサートが開かれる様子は、番組でも紹介されていました。
→台湾スズキでの演奏動画
番組では、スピーカーから音を出す、録音を流すという普通の発想ではなく、「栞路さんの楽器自身を振動させる」ことを主眼に、今回のプロジェクトが行なわれていたことに驚きました。残されていた栞路さんの演奏データを解析し、弓圧や音の立ち上がり、音色の変化、フレージングやニュアンスに至るまでをすべてデータ化し、楽器側に伝え、あたかもそこで栞路さんが演奏しているような響きを再現する様子が紹介されていました。スマートフォンでの野外録画などではノイズの一つひとつを除去する作業も行なわれたそうです。ピアニストの方の栞路さんが演奏されたピツィカートの音に対する指摘も興味深く拝見しました。
桐朋学園大学の同級生が、番組内のインタビューで「チェロの弦が実際に震えていたことに驚きました」と話していました。まさに、この試みは「二度と生演奏を聴くことができない若き音楽家の存在を、どうやって未来に残すか」という命題に、きちんと真正面から答えを出したと言えます。音色の記憶を残す、この視点はとても重要に思います。
千葉大学医学部附属病院に長期入院の際に、チェロの演奏ができず、小さい頃から親しんできた音楽から切り離された生活を余儀なくされた栞路さんの希望は、「病院に音楽家が練習できる防音室をつくりたい」でした。ご両親は、クラウドファンディングを立ち上げ、それをもとに大学病院に防音室を寄贈し、現在、実際に稼働しています。このプロジェクト「M for M(音楽が人を救う)」は、全国の病院に波及させたいと運動を継続、拡大させていて、そのチラシが、3月27日開催のグランドコンサートのプログラムに挟み込まれていましたので、ご覧になった方も多いでしょう。
栞(しおり)の路(みち)とかいて、かんち。辞書によると、ここには「人生の道しるべとなるような人」「自分の進むべき道をしっかりと歩んでいく人」といった前向きな願いや意味が込められていることがわかります。惜しくも夭折されましたが、栞路さんの願い、そして音、なによりもこの世に残した多くの繋がりが、ご両親を通して、多くの人の心に大きな存在としてあることが、とても印象深く感じます。
教室の先生でいらした寺田義彦先生からのメッセージをいただきました。
栞路くんは3歳から千葉の教室(旧:臼井教室 現:四街道チェロ教室)にてチェロ学習をスタートしました。当時はご自宅から教室まで車で20分〜30分かかったと思います。今でも同じですが、幼児にとって午後の車移動は眠気を誘い、教室に到着すると一悶着あることが多々です。彼は必ず昼寝してから教室に来るため、一度もむずかることがなく、いつもレッスンに集中する練習の大好きな生徒さんでした。月一回のグループレッスンも必ず出席して、年齢差あるチェロ仲間たちとの一時を大いに楽しんでいました。
栞路くんはプロのチェリストを目指して桐朋学園大学に進学。学生ながらエキストラとして演奏されたオーケストラにて、私のクラスからプロのチェリストとなったグレイ理沙さん、荒木匠登くんと一緒となり、バックステージの写真をお父様から頂戴しました。
その後に彼の闘病生活が始まるとは思いませんでした。後にご両親による病院に「防音室を寄贈する運動M for M」を知り、この春の第55回グランドコンサートの名義後援に加わっていただければ多くの本会関係者にそのご活動を知らせることができると思い、提案してご了承を得ました。
昨年7月6日、東京銀座のヤマハホールにて栞路くんのご両親様よりご招待を受けて、今回のNHKの番組でも紹介された「リアル・サウンド・ビューイング(RSV)」の発表を拝聴しました。彼のチェロから出る音に、科学技術の発達は個人の予測できる範囲を超えていることを実感しました。これからも「M for M」ご活動を一層支援して、またヤマハの自動演奏システムの発展を期待したいです。
→寺田先生ご紹介の毎日新聞記事サイト
→寺田先生ご紹介の女性セブン記事サイト
→防音室を寄贈する運動M for M
→TBS NEWS23での放送
お父様の山本昭夫様からもメッセージをいただきました。
5月21日(木)のNHK『あさイチ』でご紹介がありました通り、ヤマハ株式会社の新技術Real Sound Viewing (RSV)による山本栞路のチェロ演奏がサントリーホールのブルーローズで復活できました。このご縁は、栞路がお世話になった堤剛先生のトリオのコンサートが2年前の2月にヤマハホールで行なわれたとき、2階に展示されていたRSVに出会ってから始まりました。
そのときは、2ヵ月後に迫るメモリアル・スペラ第1回チャリティコンサートに使わせていただきたいと申し出を行なったところ、とても難しいというご返事でした。RSVは、RSV用に録音された音源を用いて、同じ場所でその音楽を再現することが大前提でした。栞路の音源は、家庭用のホームビデオカメラやスマートフォンで自宅や野外で撮影したものです。それをコンサートホールで再現するのは、相当のハードルの高さであることに説明をお聞きして、理解できました。
一度はあきらめたRSVですが、偶然NHK『おはよう日本』でRSVの紹介をしているところをたまたま遅い出勤の朝に観て、「RSV見ましたよ」とご担当者にお伝えしたところ、ちょうど、我々のリクエストが気になっていて、取り組んでみようと思った矢先の連絡だったということでタイミングよく、「栞路のチェロをRSVで」というプロジェクトのスタートが始まりました。
その後、何度もお会いしたのち、昨年夏に銀座ヤマハのコンサートサロンというホールでのRSVによる栞路の演奏を復活させることを行ない、大成功を収めました。その次が第1回の時にできなかったブルーローズでの栞路の演奏の復活です。ピアニストとの2度のリハーサルを経て、4月25日(土)にブルーローズにて最終調整を午後に行なった後、夜の演奏会に栞路の演奏がブルーローズに帰ってきました。
来場された皆様の中には、初めてご覧になる方、栞路を知らなかった方、昨夏の銀座ヤマハのコンサートサロンでの演奏会にいらっしゃった方、プロの演奏者の方々、皆様が異口同音に「栞路の演奏を感じた」とおっしゃってくださいました。家族としては、感無量、なんと申し上げることが正しいかわかりませんが、栞路に「戻ってきたね」と語り掛けたくなりました。
そのときのご感想はたくさんいただきましたが、新聞の投書におことばを寄せられた加藤様のご感想をご紹介いたします。
→産経新聞<朝晴れエッセー>に「生きている音色」
半年間取材を続けてくださったNHKの皆様、ヤマハ株式会社の皆様に心より御礼申し上げます。
父・山本昭夫