オーストラリア在住のヴァイオリン・ヴィオラ科指導者、ロイス・シェパード先生のご著書「鈴木鎮一先生の思い出」の連載第29回。最終章が前回終了し、今回は「コーダ」になります。音楽作品の最後にある「余韻」の部分です。今も続く鈴木先生を深く敬愛されるロイス先生のお気持ちを感じ取ることができます。

コーダ

 
 私は、この本を「スズキワールド」の一員として書いたつもりです。でも、スズキ・メソードとは無縁の読者の方々にもきっと興味を持ってもらえると思います。ここにその手短かなスケッチをお届けします。
 
 スズキ・メソードの先生はいつも「どの子も育つ」、そして教育の質は子どもたちを取り巻く環境-家庭と教室の両方において-によるということを肝に銘じています。
 
 スズキヴァイオリンスクール第1巻(2007年インターナショナル版)の前書きには、鈴木鎮一先生の著書からの引用があり、その中には親御さん方への嘆願が書かれています。
 
 どうぞあなたのお子様を立派な人に育ててください。
 
 毎週のレッスンは個人個人で行なわれますが、定期的にクラス単位の授業があります。親御さんはそのすべてのレッスンに来てもらい、家でお子さんが練習するのを助けてもらうとともに、初歩の段階でどのようにして技術を身に着けるかを知ってもらうために、実際に楽器の弾き方を学んでもらいます。
 
 お手本の演奏を毎日ご自宅でかけてもらいます。鈴木鎮一先生は、練習する時間の倍の時間、聴かせることを提唱されました。子どもたちは、ちょうど母語を聞くように音楽の言葉を聴いています。音楽は、子どもが演奏技術の熟達に入る以前に、耳で学ばれるのであり、7歳くらいよりも前に始めれば、などということではないのです。初歩の段階では、楽譜など印刷された冊子は親御さんのためのものにすぎません。
 
 鈴木先生語録から手がかりを得てみましょう。先生はこのように提唱しておられます。
 
 極幼い子どもたちのお稽古の処方箋:
 愛の2分、一日5回
 
 指導曲集の中の曲は極めて入念に選ばれています。鈴木先生がそのヴァイオリン指導曲集第1巻を満足のいくものに仕上げられるまで、明らかに数十年に亘る試行錯誤が必要とされました。他の楽器のための教材も、様々な著者によって同じような考慮をもって選ばれています。
 
 曲が進むにつれて新しい技術が導入されていっても、それまでに学んだ教材をもっと立派にしていきます。なぜなら、子どもたちが母語を習得していくときに、私たちは「”dog”はもう言わなくていい、昨日やったから」と言明したりはしませんね。同じ理由で、前に習った曲は復習されるのです。教室での定期的な集まりにおける復習過程は大いにそれを助けてくれます。
 
 指導者はいつも、生徒の鳴らす音のクオリティを高めていくように細心の注意を払います。だれもがいつか分かることですが、音に対する専心はスズキ・メソードに不可欠な部分です。指導者は生徒の音の成長を手助けするためにテクニックの矯正を行なっていく必要がありますが、それを直す前に、まず生徒のどこか良いところを褒めるのを忘れないようにしています。私たちは、子どもたちの自己肯定感、感性、集中力などを養うために、楽器と音楽を使っているのであり、それを念頭に置いて日々のレッスンを行なっているのです。そのような子どもたちの心を形成していくお手伝いすることの責任は、とてつもなく大きなものです。
 
人類は、ことばと文字という文化を創造すると同時に、音楽というすばらしい文化をつくりました。それは、ことばや文字を越えた生命のことば神秘ともいうべき生きた芸術です。
 

訳者:松本尚三

ロイス・シェパード先生の略歴

 

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 オーストラリアのヴァイオリンとヴィオラの指導者であり、スズキのティーチャートレーナー。スズキ・メソードをヴィクトリア州に紹介し、スズキの協会(現在のスズキ・ミュージック)を設立。
 ニューサウスウェールズ音楽院及び松本市の才能教育音楽学校を卒業。シドニー交響楽団のメンバーを務める。また、ニューサウスウェールズやヴィクトリアの数々の学校で教鞭をとる。長年、オーストラリア音楽検定委員会の試験官、ヴィクトリア州立大学の幼児教育の学会で講師を務める傍ら、メルボルン大学の音楽院でヴァイオリンとヴィオラを教える。一時期、アメリカの西イリノイ大学のヴィオラ科教授兼スズキ・プログラムの理事を務める。
 1960年代前半より、スズキ・メソードでの指導と研究を続けてきた。
 ロイス先生は、プロの演奏家を育てることを目的とはしなかったが、その生徒の多くが、シンフォニーオーケストラのメンバーや室内楽奏者、また、スズキの指導者になっている。これまでの生徒は、メルボルン大学、ボストンのニューイングランド音楽院、ニューヨークのジュリアード音楽院、南イリノイ大学、ミシガン大学、ロンドンの王立音楽院などの高等教育機関への奨学金を得ている。また、多数の生徒がメルボルンの私立学校の音楽部門の奨学金を得ている。メルボルンの生徒への指導並びに指導者への指導を続けて、現在に至る。
 ロイス先生の長男は現在、IT企業で活躍中。長女は松本で鈴木鎮一先生の下で研鑽を積み、現在、ドイツでヴァイオリンとヴァイオリンの指導法を教えている。2人の孫がいる。