オーストラリア在住のヴァイオリン・ヴィオラ科指導者、ロイス・シェパード先生のご著書「鈴木鎮一先生の思い出」の連載第30回。いよいよ最終回となりました。ご著書の巻末に書かれた「謝辞」の部分とともに、著者のロイス先生、そしてこのプロジェクトの監修を担当された松本尚三先生、さらにはそれぞれの章で翻訳に携わられたパタソン真理子様、市村旬子様、フィッシャー洋子様から、それぞれ素敵なメッセージをいただきました。

謝辞

 
表紙:鈴木博士の肖像 提供:才能教育研究会
裏表紙:鈴木博士による手書き「人は環境の子なり」
    ヴァイオリンの画像:iStockphoto.com
カバーデザイン:デイヴィッド・P・ライター
 
 二人の私の友だちが、私に鈴木先生の思い出を書くように強く勧めました。その一人は、かつてのスズキの生徒の親御さんで、今は三人のプロの音楽家の母親となったヴィルマ・ダイボール、もう一人は、昔の私の生徒でスズキの指導者となったジャスティーン・クラークです。ヴィルマは親切にも、裏表紙の宣伝文を書いてくれました。
 
 快く力を貸してくださった松本市の才能教育研究会の会長秘書である川上充子様に謝意を表します。レズリー・プリースト、マジョリー・ハイスティック、そしてアン・ルイスが寄せてくれた特別な思い出話に感謝します。
 
 鈴木先生の教育法がヴィクトリアで発展し、この地の先生方、ティーチャートレーナー、様々な委員会のメンバー、生徒たちとその保護者が、できうる限り鈴木先生の信条を追い求めていることを、先生はきっと喜ばれていることでしょう。

訳者:松本尚三

ロイス・シェパード先生からのメッセージ

 
 Another year gone by.
 
 Another time to remember Dr Suzuki’s teaching, to remember the seed he planted. It has grown from a seed to an enormous tree, flowering all over the world. How joyful Shinichi Suzuki would have been now!
 
 But he knew what would happen!
 

Lois-sensei (left) and Mr. and Mrs. Suzuki

 Today, my memory returns to the time I first met Dr Suzuki in New York in 1967; to my first visit to Japan in 1974; to my daughter’s graduation at the Saino Kyoiku Kaikan in 1980; to my graduation there in 1981.

 And it returns to 2011, here in Melbourne, when some of my students’ parents asked me to write a book about Dr Suzuki. It was easy to do that, the many hours I spent with him are always remembered.
 
 My book, Memories of Dr Shinichi Suzuki – Son of His Environment, was published in 2012. Published (in English of course) by Glass House Books in Australia.
 
 I remember how pleased I was when Shozo Matsumoto Sensei read that English version of the book and suggested it be published in Japanese. I remember how extremely grateful I was to Mariko Paterson, Junko Ichimura and Yoko Fisher, who translated the book for me – without asking for a fee. Matsumoto Sensei has continued to advise re the book. Thank you so very, very much Shozo. And the same very, very much thanking Mr.Shin.
 
 So the presentation in Japan, of the translation of my book, ends on April1…
 Thank you, Mr Shin, for all your hard work.
 
 …When I was a teenager, I used to visit the Public Library in Sydney – and used to teach myself languages.  I chose Japanese and Chinese – not imagining that I would need those languages one day.
 
 When I first met Dr Suzuki’s wife, Waltraud, in Japan, she was amazed that I could already speak Japanese. And Chinese, of course, helped with my kanji.
 
 …I give you a quote from my book:
 ‘I remember that, years ago at a Buddhist centre in Melbourne, I told a priest about Dr Suzuki and his work. The priest said, ‘There are those who choose when and where to be born.'.… and Shinichi Suzuki was born not only for today.
 He is timeless.’

Lois Shepheard.

 
 また一年が過ぎました。
 

ロイス先生(左)と鈴木先生ご夫妻(ロイス先生ご提供)

 また鈴木先生の教えを思い出し、先生が蒔かれた種を思い出すための。その種は巨大な木に成長し、世界中で開花しました。鈴木先生は今、どんなに喜んでおられることでしょうか。でも先生は何が起こるかを知っておられたのでしょう! 私の記憶は、1967年にニューヨークで初めて鈴木先生に会ったときに戻ります。そして1974年に初めて日本を訪れたときに。1980年に娘が松本の音楽学校を卒業したときに。1981年に私はその学校を卒業しました。そして2011年、ここメルボルンで、生徒の親たちから鈴木博士についての本を書いてほしいと頼まれたときの話に戻っていきます。それは難しくないことで、先生と過ごした多くの時間ははっきりと記憶に残っています。そして2012年、『鈴木鎮一博士の思い出―人は環境の子なり』が出版されました。オーストラリアのGlass House Booksから出版されました(もちろん英語で)。

 
 松本尚三先生がその本の英語版を読んでくださり、日本語での出版を提案してくださったとき、私がどんなに嬉しかったかを今、思い出しております。そしてパタソン真理子様、市村旬子様、フィッシャー洋子様のご協力がどんなにありがたかったかを思い出しています。松本先生は、この本について引き続きアドバイスをしてくださいました。サンキュー、Shozo。本当に本当に感謝しています。そうして、私の本の翻訳の日本での発表は、この4月1日に完結することになりました。新様、大変な仕事をありがとうございました。
 
 …10代の頃、私はシドニーの公立図書館によく訪れ、独学で言語を勉強していました。 私は日本語と中国語を選びましたが、まさか後々これらの外国語が必要になるとは思っていませんでした。 日本で鈴木先生の奥様、ワルトラウト様に初めて会ったとき、彼女は私がすでに日本語を話せることに驚いていました。そしてもちろん中国語は漢字の理解を助けてくれました。
 
 …ここで私の本からの引用をあげましょう:
 「何年も前に、メルボルンの仏教院で、私は鈴木先生とその偉業について僧侶に語ったことがあります。その時、その僧侶は言いました。『いつ、どこで生まれるのかを選んでくる魂があるのだ』と。
  きっとその通りなのでしょう。そして、鈴木鎮一先生はこの時代のためだけに生まれたのではありません。He is timeless(時代を超えた存在)です」
 

ロイス・シェパード
訳者:松本尚三

監修をされた松本尚三先生から

 
 私にとって、ロイス・シェパード先生は、鈴木鎮一先生が教えておられた松本の音楽学校の大先輩にあたります。従って、この本に書かれていることの多くは自分の松本時代の思い出とも重なり、「ああ、そうだった、そうだった」と、懐かしい思いで読むことになり、拙い読解力ながら、それは楽しいタイムトリップでもありました。
 
 しかしそれ以前に、海外ですでにキャリアを積んでおられた一人の先生が、はるばる松本に来られて、どんなことを考えておられたかを知ることは、たくさんの気づきを与えてくれました。ロイス先生の幅広い知見と洞察力を通して、自分にとってあまりに身近であったスズキ・メソードを、歴史の流れに乗せて外側から眺めることができたのです。これは日本のスズキの関係者にとってこそ有益であると膝を叩き、和訳本があればいいなと考えておりました。
 

中央がロイス先生、右に松本尚三先生と
オーストラリアの指導者たち

 そんな折り、メルボルンのワークショップに行く機会があり、ロイス先生に直接お会いするチャンスに恵まれました。昼食の時間にちょうどロイス先生と隣合わせとなり、「『メモリーズ・オブ・ドクター・スズキ』を読ませていただきました。和訳して日本の生徒や先生方に読んでいただければいいなと思っています」とお話しました。するとロイス先生は、やおら立ち上がり、私に向かってゆっくり深々とお辞儀をされ、日本語で「よろしくお願いします」と言われたのです。さあ大変です。誰が訳すのか? 誰にも頼めないなら自分でやるしかありません。でもその前に、和訳したとしてどこから出版するのか? 出版できたとしても買ってもらえるような価格でできるのか? いろいろと考えているうちに、ロイス先生のほうで、かつての生徒のお母様方に協力を依頼され、どんどん翻訳が進み、こちらに送られてきたのです。

 もう後には戻れません。それて思いついたのが、才能教育の機関誌への掲載です。ダメ元で、才能教育の機関誌の編集委員会に諮ってもらうことにしました。編集会議では、ありがたいことに新様がこの企画を強く推してくださり、実現の運びとなりました。新様の推薦とその後のお骨折りがなければこのシリーズはありませんでした。
 
 翻訳をしてくださったパタソン真理子様、市村旬子様、フィッシャー洋子様のご尽力に、心から感謝申し上げます。私は、いわば「キセル」で、訳したのは最初と最後のほんの少しだけで、「鈴木鎮一語録」の出典確認と、鈴木先生の話し言葉を先生の言い回しに改めさせていただいたことくらいです。
 
 絶版となった鈴木先生の古い著作の収集と研究をされている才能教育の蔵持典与先生にもお力を貸していただきました。
 
 ロイス先生、こんな素敵な本を書いてくださったお蔭で、日本のスズキの後裔たちまでもが大きく励まされることとなりました。改めて感謝申し上げます。
 

松本尚三

日本語訳を担当された皆様から

 

パタソン真理子様

  このたびは、ロイス先生の著書の掲載が完結されるとのこと、お知らせいただき、本当にありがとうございます。また、これまで編集/出版にご尽力してくださった皆様、読者の皆様にも、感謝の気持ちでいっぱいです。

 当時、ロイス先生から翻訳のお話をいただいた時は、自分に務まるものか、随分悩みました。私自身、娘がロイス先生に教えていただいていたこともあり、鈴木先生の教えがどれだけ深く、かつ楽器を超えて人の育成に及ぶものだと多少とも肌で感じていたので、その教えを記した本の翻訳という責任をまっとうできるのか、不安もあったことを思い出します。
 
 幸い、フィッシャー洋子さん、市村旬子さんという素晴らしい仲間とともに、松本先生のサポートの中で、少しずつ形にしていくことができました。翻訳中、英語を日本語に訳す際に、やはり直訳では伝わらないケースが多々発生しました。そのたびに、ロイス先生がお伝えされたいこと、鈴木先生の教えの根幹にあるものなどを深く考える機会をいただき、普段レッスンを受けているだけでは分からなかったことに、触れたり、気づいたりさせていただけたように思います。
 
 楽器を通して人を育てるスズキ・メソードは、生徒のみなさんの人生に大きな影響を与える素晴らしいものだと思います。どうか、ロイス先生のこの著書を通して、一人でも多くの方に、鈴木先生のこと、そしてスズキ・メソードというものがより良く伝わっていくことを願ってやみません。
 
 改めて、この貴重な機会をくださったロイス先生、ともに翻訳してくださったフィッシャーさん、市村さん、そして松本先生に、心より御礼申し上げます。
 

パタソン真理子

 

市村旬子様

 私にとってスズキ・メソードとの出会いは、子育ての指針となるものでした。音楽に助けられ、支えられながら歩んできた日々。その経験ができたのは、スズキ・メソードだったからこそだと感じています。子どもとともにヴァイオリンに親しみ、音楽を通じて多くのことを学び、感じることができました。  

 
 また、ロイス先生の本を翻訳する中で、鈴木先生の教えをより深く学ぶ貴重な機会をいただきました。ロイス先生が丹念に紡がれた言葉を、いかに的確な日本語にするか悩むこともありましたが、その過程で私自身も多くのことを学ばせていただきました。
 
 こうしてすべての章が完結し、多くの方々のもとに届けられたことを心からお祝い申し上げます。そして、この素晴らしいスズキ・メソードの学びが、これからもたくさんの人々に愛され受け継がれていくことを願っています。
 

市村旬子

 

フィッシャー洋子様

 ロイス先生の貴重な記録が、多くの日本の皆様に読んでいただけることを、心から嬉しく思います。これは、鈴木鎮一先生の功績を継承するだけでなく、オーストラリアにおける音楽教育の歴史においても、その卓越した教育水準を広く知らしめる大きな貢献となることと存じます。僭越ながら、この意義深い取り組みに敬意を表し、お祝い申し上げます。

 近年、オーストラリアの若手ヴァイオリニストや子どもたちの活躍は目覚ましく、その音楽教育レベルは世界的にも高い水準にあると感じております。こうした発展の背景には、ロイス先生をはじめとするスズキ・コミュニティの先生方が、鈴木鎮一先生の教えを受け継ぎ、幼少期の音楽教育に情熱を注いでこられた努力があるのではないでしょうか。
 
 私も、この貴重な音楽教育の歴史の一端に、ささやかながら関わることができましたことを、大変光栄に思います。
 
 音楽は本当に素晴らしいものです。
 
 今後も多くの方々にロイス先生の書籍が読み継がれ、鈴木鎮一先生の教えが末永く受け継がれていくことを、心より願っております。
 

フィッシャー洋子

連載のバックナンバー

 マンスリースズキでは、2022年11月から連載が始まりました。ここで、一挙にバックナンバーのリンクをご紹介します。回数の文字をクリックすると、該当の記事にジャンプします。「いっき見」にいいですね!
 
第1回
第2回
第3回
第4回
第5回
第6回
第7回
第8回
第9回
第10回
第11回
第12回
第13回
第14回
第15回
第16回
第17回
第18回
第19回
第20回
第21回
第22回
第23回
第24回
第25回
第26回
第27回
第28回
第29回


ロイス・シェパード先生の略歴

 

ロイス先生の原著は、アマゾンのサイトで
購入できます。画像をクリックするとAmazonに
リンクします。

 オーストラリアのヴァイオリンとヴィオラの指導者であり、スズキのティーチャートレーナー。スズキ・メソードをヴィクトリア州に紹介し、スズキの協会(現在のスズキ・ミュージック)を設立。
 ニューサウスウェールズ音楽院及び松本市の才能教育音楽学校を卒業。シドニー交響楽団のメンバーを務める。また、ニューサウスウェールズやヴィクトリアの数々の学校で教鞭をとる。長年、オーストラリア音楽検定委員会の試験官、ヴィクトリア州立大学の幼児教育の学会で講師を務める傍ら、メルボルン大学の音楽院でヴァイオリンとヴィオラを教える。一時期、アメリカの西イリノイ大学のヴィオラ科教授兼スズキ・プログラムの理事を務める。
 1960年代前半より、スズキ・メソードでの指導と研究を続けてきた。
 ロイス先生は、プロの演奏家を育てることを目的とはしなかったが、その生徒の多くが、シンフォニーオーケストラのメンバーや室内楽奏者、また、スズキの指導者になっている。これまでの生徒は、メルボルン大学、ボストンのニューイングランド音楽院、ニューヨークのジュリアード音楽院、南イリノイ大学、ミシガン大学、ロンドンの王立音楽院などの高等教育機関への奨学金を得ている。また、多数の生徒がメルボルンの私立学校の音楽部門の奨学金を得ている。メルボルンの生徒への指導並びに指導者への指導を続けて、現在に至る。
 ロイス先生の長男は現在、IT企業で活躍中。長女は松本で鈴木鎮一先生の下で研鑽を積み、現在、ドイツでヴァイオリンとヴァイオリンの指導法を教えている。2人の孫がいる。