デジタル脳クライシス 
AI時代をどう生きるか

 

 スズキとの共同研究をはじめ、会員向け機関誌やWebマガジンFluitfulへの記事連載などでお世話になっている東京大学の酒井邦嘉先生が、新刊書「デジタル脳クライシス〜AI時代をどう生きるか」を、2024年10月に朝日新聞出版より上梓されました(税込990円)。AI時代が本格到来する現代、酒井先生は「ペンはキーボードより強し!」などのさまざまな警鐘が鳴らすことで、デジタルに侵食されようとしている人間の脳を憂い、私たちはどうあるべきか、論じていらっしゃいます。

 目次を紐解いてみましょう。まさに、「創造的な脳のための処方箋」が続きます。
第1章 デジタル機器やAIの、何が危険なのか  
「タイパ」で失うもの/「もやもや感」を大切にすること/AI時代をどう生きるか/デジタルとアナログ/考える前に調べる「検索依存症」/考える前に合成してしまう「AI依存症」/「一億総無脳化」/「デジタル認知症」?/『脳を創る読書』/不毛な読書アンケート/『スマホ脳』/人間の脳の特性を知る  
 
第2章 合成AIの脅威  
チャットボットと「対話」できるのか?/チャットボットは意味を理解しない/大規模言語モデルをめぐる誤解/線形順序モデルの限界/言語知識の帰納は不可能/人間の知性に関わる「再帰性」/合成AIによる文明の衰退/情報的健康とは/AI研究者の主張に反論する/デジタルデトックスのすすめ/ゆがんだ「自己肯定感」  
 
第3章 ペンはキーボードより強し  
手書きかキーボードか/手書きとキーボードの比較研究/なぜ手書きのほうが有利なのか/ノートを取るときの脳の働き/メモを取るマルチタスク/手書きによる記憶の定着/画面で読むか、紙で読むか/教育における紙の優位性/マルチモーダルな体験を  
 
第4章 脳の仕組みを知る  
大脳の役割/脊髄の役割/小脳の役割/脳の「論理」/海馬の役割/ニューロンの構造/シナプスの役割/グリア細胞と脳の健康/加齢によるニューロンの変化/修道女たちの美しい脳
■コラム  ニューロンのスケッチ  
 
第5章 紙vs.デジタル、脳活動の差異
紙の手帳とデジタル機器の違い/マンガの見開き提示による効果  
 
第6章 柔軟な脳の可塑性  
脳にとって最も重要な成長期/臨界期仮説という幻想/大人による多言語の自然習得/大人の脳が示す可塑性/タクシー運転手の海馬/ジャグリングによる脳の変化/脳がよく働く状態を保つには  
 
第7章 マルチタスクの重要性  
「マルチタスクは悪」という決めつけ/小学校での誤った指導法/大学での配慮ない教え方/リンク付テキストの落とし穴/リンクが主従を逆転させる/電卓導入の失敗/集中力ではなく選択力を  
 
第8章 非認知能力を伸ばすには
能動的な好奇心/限界的練習と「十年の法則」/デジタル脳クライシスの克服 
 
 マンスリースズキ編集部としては、手書きもキーボードも併用しておりますので、手書きの有用性は気になるところ。「検索依存症」である毎日の生活も省みる必要がありそうです。そして、紙vs.デジタルは特に興味深い内容でした。機関誌も電子版を並行して出すようになり、当たり前のようにQRコードを乱発している現状を検証しなければならないかもしれません。漫画の見開き提示による効果も、弘兼憲史さんの代表作「島耕作」をタブレットやスマホで愛読する編集部としては、身近な問題として興味深い検証でした。
 
 楽器を演奏する、しかもアンサンブルを高める脳活動を楽しむ一方で、デジタル機器に依存する毎日があるという厳然たる事実に、どう対応したらいいか、本書は光を照らしてくれます。第8章の限界的練習と「十年の法則」で紹介されたエリクソンの「十の鉄則」の1番目、『自分の能力を少しだけ超える負荷をかけ続ける』という限界的練習の大切さも、この本は教えてくれます。そして十年間の鍛錬は1万時間に相当し、かつそれは1日3時間に当たることもわかります。そうした人を育てるのはAIではなく、人であることも酒井先生は、最後に論じていらっしゃいました。
 
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