100年の時を超え、旅がつなぐ徳川義親侯爵と鈴木鎮一先生

徳川美術館で11月23日、講演会と川本嘉子さんのミニコンサート

 

 大正時代、ヨーロッパを旅した尾張徳川家第19代当主の徳川義親侯爵(1886〜1976)と、若き日の鈴木鎮一先生(1898〜1998)。二人の意外な接点をたどりながら、旅が生み出した文化交流と音楽の世界に思いを馳せる催しが、11月23日(月・祝)、名古屋市の徳川美術館で開催されます。

 しかも、ミニコンサートに出演するのは、スズキ・メソード出身で世界的に活躍するヴィオラ奏者、川本嘉子さん。鈴木先生を通じて、時代を隔てた二つの縁が結ばれる、興味深い催しです。
 

若き日の鈴木先生と
義親侯爵のヨーロッパ旅行

 
 現在、徳川美術館・蓬左文庫では企画展「旅する侯爵 徳川義親」が12月13日(日)まで開催されています。
 
 徳川義親侯爵は、国内外を精力的に旅し、異国の文化や風物に強い関心を寄せた人物でした。その旅の一つが、1921年から翌年にかけてのヨーロッパ旅行です。
 
→「徳川義親 ヨーロッパへの旅 1921–22」特設サイト
 
 この旅には、若き日の鈴木先生も同行していました。義親侯爵から「一緒に世界を見に行かないか」と誘われた鈴木先生は、義親侯爵、米子夫人とともに箱根丸に乗船。フランスのマルセイユで下船した後、ヴァイオリンを学ぶためドイツへと向かいました。この渡欧は、鈴木先生の音楽人生にとって大きな転機となりました。ドイツでの音楽修業やさまざまな人々との出会いは、後のスズキ・メソードの思想を育む重要な経験となっていきます。
 

徳川美術館公式サイトより。
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 一方、義親夫妻はその後もヨーロッパやエジプトなどを旅行し、各地の文化や歴史に触れました。その旅の記録や持ち帰った品々が、約100年を経た今、新たな注目を集めています。

 この旅にまつわる興味深い発見が、今年10月、北海道新聞で大きく報じられました。義親侯爵がエジプトやポンペイ遺跡から持ち帰った石片が、北海道八雲町の木彫り熊資料館で初めて公開されたのです。石片は、長年、尾張徳川家の所蔵品を保管してきた東京の収蔵庫で発見されました。なかには、当時の新聞紙に包まれたままのものもあり、約100年前の旅の様子を今に伝えています。
 
 この石片をめぐる調査に携わったのが、尾張徳川家の学芸員、香山里絵さんです。義親侯爵は、北海道八雲町とも深い関係があります。スイス旅行で目にした木彫りの熊をヒントに、八雲での木彫り熊製作を奨励したことでも知られています。北海道を代表する民芸品となった木彫り熊の歴史にも、一人の旅人が海外で得た着想が息づいているのです。
 

鈴木先生との思い出を胸に、川本嘉子さんが奏でる

 
 今回の催しは三部構成です。第一部では、香山里絵さんが「旅する侯爵・徳川義親」をテーマに講演。第二部では、八雲町郷土資料館・木彫り熊資料館の学芸員、大谷茂之さんが、義親と八雲の関係、そして木彫り熊の歴史を紹介します。
 
 そして第三部が、川本嘉子さんによるミニコンサート「ヴィオラで奏でる、義親侯爵と鈴木鎮一先生の旅」です。
 

 名古屋出身の川本さんは、3歳からスズキ・メソードでヴァイオリンを学びました。最初の先生は、名古屋の牧野千世先生。その後、千葉県市川市に転居してからは富川歓先生に師事し、夏期学校やグランドコンサートにも参加しました。

 かつて機関誌の「先輩、こんにちは」に登場いただいた際、川本さんは鈴木先生との忘れられない思い出を語ってくださいました。夏期学校で松本を訪れた際、あがたの森で鈴木先生が「今日はお散歩しましょう」と子どもたちを連れ出してくれたこと。外の空気を胸いっぱいに吸い込み、少しずつ吐く深呼吸の方法を教えてもらったこと。「笑顔が素敵で、優しくて、鈴木先生は大好きな憧れの人でした」。その思い出は、大人になっても鮮明に心に残っているそうです。川本さんは1978年、100名の子どもたちによるアメリカ親善演奏旅行にも参加。ワシントンではカーター大統領夫妻を前に演奏するなど、スズキ・メソードを通じて国際交流を経験されました。その後、桐朋学園で研鑽を積み、東京都交響楽団への入団を機にヴィオラに転向。1992年にはジュネーヴ国際コンクールのヴィオラ部門で最高位に入賞し、ソリスト、室内楽奏者として国際的に活躍するようになりました。2009年にはスズキ・メソードの全国指導者研究会にも招かれ、バッハの無伴奏作品を演奏。グランドコンサートの練習にも飛び入りで参加し、子どもたちを指導されています。
 
 スズキ・メソードで育ち、世界の第一線で音楽活動を続けてこられた川本さん。その音楽人生の原点には、幼い日に鈴木先生と過ごした温かな記憶が息づいています。今回演奏されるのは、グノーの《セレナーデ》とシューベルトの《アルペジオーネ・ソナタ》。前田侑里さんのピアノとともに、ヴィオラの豊かな音色が、100年前の旅へと聴衆を誘います。
 
 川本さんから特別にコメントをいただきましたので、紹介しましょう。

 私の演奏活動の中でのハイライトである小澤征爾さん、マルタ・アルゲリッチさん、ピンカス・ズッカーマンさんとの共演ができる幸せの原点は、義親侯爵と鈴木鎮一先生の出会いからではないでしょうか。
 私の家の近所にスズキのお教室がなかったら、私は音楽と出会わなかったかも?と思えるような、音楽とは無関係な家庭に育った私は、スズキの環境そのものが音楽の環境でした。
 鈴木先生が随行した義親侯爵とのヨーロッパ旅行で触れた文化への憧憬と感動、それが承継、教育へのエネルギーとなり、私たちが今日、演奏活動ができるほどに音楽を日本に広めてくださったことの奇跡に、感動を覚えます。
 そんな見聞を広めてくださる徳川美術館の香山里絵さんにも感謝しております。そして、義親侯爵と鈴木先生に深謝。(ヴィオリスト 川本嘉子)

 

旅が育てた文化、音楽がつなぐ人々

 
 鈴木先生がヨーロッパで過ごした青春時代は、後の才能教育の思想を育む上でも重要な時期でした。ドイツでの音楽修業、異文化との出会い、そしてさまざまな人々との交流。その経験が、後のスズキ・メソードの誕生へとつながっていきます。
 
 義親侯爵が旅先で見聞きした文化を日本に持ち帰り、北海道八雲の木彫り熊という新たな文化を育むきっかけをつくったことも、旅のもたらした大きな実りでした。
 
 そして今、鈴木先生のもとで音楽を学ばれた川本嘉子さんが、義親侯爵と鈴木先生の旅をテーマにヴィオラを奏でます。約100年前の旅の記録が、現代の音楽家の演奏によって新たな命を吹き込まれる。そこには、時代を超えて人と人をつなぐ、文化と音楽の力が感じられます。
 
 一方、北海道八雲町の木彫り熊資料館では、義親侯爵が旅先から持ち帰った石片の展示が12月20日まで続きます。名古屋と八雲、二つの土地で展開される催し。そこに共通する香山里絵さんの調査研究によって、これまであまり知られていなかった歴史の一場面が浮かび上がってきました。
 
 スズキ・メソードの歴史を新たな視点から見つめ直す機会としても、ぜひ注目したいイベントです。
 
【講演会&ミニコンサート】
徳川義親は、旅で何を見たのか
―「旅する侯爵 徳川義親」を語る・奏でる―
日時: 2026年11月23日(月・祝)13時開場、13時30分開演
会場: 徳川美術館・講堂(名古屋市)
参加費: 3,000円(美術館入館料別)
第一部
「旅する侯爵・徳川義親」  
   香山里絵(尾張徳川家、「旅する侯爵 徳川義親」担当学芸員)
第二部
「徳川さんと呼ばれた義親公―北海道八雲での事績と木彫り熊―」
   大谷茂之(八雲町郷土資料館・木彫り熊資料館学芸員)
第三部
「ヴィオラで奏でる、義親侯爵と鈴木鎮一先生の旅」
   川本嘉子(ヴィオラ)、前田侑里(ピアノ)
   演奏曲目
   ・グノー:セレナーデ
   ・シューベルト:アルペジオーネ・ソナタ
申込: Peatixにて受付  →ここをクリック
※講演者による自主企画イベントです。徳川美術館および徳川黎明会の主催事業ではありません。


企画展  生誕140年 没後50年記念「旅する侯爵 徳川義親」
会 期  令和8年(2026)10月8日(木)~12月13日(日)月曜休館
会 場  名古屋市蓬左文庫展示室1・2
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
主 催  徳川美術館・名古屋市蓬左文庫
共 催  NHK名古屋放送局・中日新聞社・日本経済新聞社
観覧料  一般2,000円、高・大学生1,200円、小・中学生以下無料(徳川美術館との共通料金)
同時開催 特別展「ときめく箱」(10月8日~11月15日、徳川美術館本館展示室)