舞台劇「音にいのちあり〜鈴木鎮一・愛と教育の生涯〜」の
お稽古場にお邪魔しました。
松本市芸術文化祭60周年記念を祝い、本年9月29日(日)にまつもと市民芸術館主ホールで総合舞台劇「音にいのちあり〜鈴木鎮一・愛と教育の生涯〜」が上演されます。
この舞台劇は、鈴木鎮一先生生誕120周年・没後20年を記念し、2018年に本格的にスタートした企画で、2018年1月7日に、まつもと市民芸術館で出演者・スタッフのオーディションが開かれ、同年4月8日より、稽古が始まりました。以来、月に3〜4回の稽古と、台本の推敲を重ねながら、最終的には、松本市芸術文化祭実行委員会を構成する芸術団体のメンバーのほか、オーディションで選ばれた市民たち総勢300人を超す出演者たちが集う総合舞台劇になる予定です。
その脚本・演出を一手に引き受け、さらには鈴木先生の奥様、ワルトラウト夫人役と、母お良のダブルキャストで出演もされるのが、松本市在住の女優、美咲蘭さん。これまでにも、まつもと市民芸術館オープン記念事業「彩虹、蒼き天に 河原操子の生涯」、松本市市制施行100周年記念公演「松本城物語」、松本市芸術文化祭50周年記念公演「愛と哀しみの王女・川島芳子」、松本市芸術文化祭55周年記念・東日本復興支援特別公演「わが想い届けよ彼方の空に」(東北の面影・銀河鉄道の夜)の作品などで、長野県下で初の市民俳優を一般公募する市民参加型の事業を定着させてこられた方です。各回数百名出演の指導・育成・企画・脚本・演出・主演を担当され、その実力は、つとに有名。今回も300名の出演者を束ね、演劇の醍醐味を市民とともに作り上げようと、活動を続けておられます。
→美咲蘭さんのプロフィール
今回のプロジェクトが本格スタートして10ヵ月、35回目の稽古日となる1月20日(日)、鈴木鎮一記念館館長で、芸術文化祭60周年記念公演実行委員会の結城賢二郎委員長と一緒に、稽古場所の松本市田川公民館の大会議室をお訪ねしました。出演者の皆さん、衣装やメイクを担当されるスタッフ、音楽監督、そして美咲蘭さんら多くの方々が、すでに勢揃い。早速、全員集合の撮影から開始です。取材用にイメージを高めるためのカツラや衣装などもご用意いただき、細やかなご配慮に感謝しつつ、撮影を進めました。
この日のお稽古は、台本通り、序章「名古屋の子守唄」の場面からスタートしました。徳川義親侯爵やかつての門下生たちが鈴木先生を囲むシーンです。「音楽の専門家や天才を作る教育ではありません。子どもたちに備わっている才能を、私の新しい考え方と方法で育みたいのです」とスズキ・メソードの根幹が提示され、鈴木先生が作曲された「名古屋の子守唄」が演奏される場面です。本公演では、スズキ・メソード出身のヴァイオリニストで、読売日本交響楽団コンサートマスターの伝田正秀さんが、鈴木先生の弟の孫にあたる石川咲子先生のピアノで生演奏されます。楽しみですね。
この序章「名古屋の子守唄」のあと、以下の場面が続きます。
・第一景 三味線作りの工房〜鈴木政吉の家
・第二景 愛知県師範学校の音楽室
・第三景 再び三味線作りの工房〜鈴木政吉の家
・第四景 名古屋市の鈴木バイオリン工場にて
・第五景 東京麻布の徳川義親侯爵家にて
・第六景 ベルリンの街 カール=クリングラー一家
・第七景 ベルリン アインシュタイン家の演奏会
・第八景 ジング・アカデミー通りのバス停にて
・第九景 ベルリンの大聖堂にて ワルトラウト=プランゲとの結婚式
・第十景 帰国〜名古屋へ〜鈴木政吉の家
・第十一景 長野県木曽福島にて
・第十二景 松本音楽院開設
・第十三景 本郷小学校実験教室
・第十四景 才能教育会館落成式と幼児開発協会
・最終章 音にいのちあり 姿なく生きて
タイトルを見るだけでワクワクしてきます。台本を読みあわせながら、シーンごと、シチュエーションごとに立ち位置や出入りのタイミング、セリフの抑揚や言い回しなどに対して、美咲蘭さんから丁寧に指示が入ります。プロの役者さんも公募で集まったアマチュアの皆さんも一様にその指示に頷きながら、場面を展開させていきました。
ほぼ休みなく稽古が続く中、美咲さんから檄が飛ばされました。前回の稽古で指示された動きやタイミングが、その通りになっていない場面でした。セリフの言い回しも、その役のイメージとは違ったまま、発せられていました。そこを美咲さんは、容赦なく指摘。「鈴木鎮一先生を描くのにはトップで登場するお父様の政吉さんのスケール感や品性を大切に描かないと。役者としての覚悟を見せて欲しい。ナレーションとの絡みや動きのタイミング、セリフの間など、300〜500ヵ所も一つの芝居できっかけがあるんです。それをきちんと理解して、今自分がどうすべきか、考えてください!」
まさに喝を入れられた瞬間でした。プロの役者が代表して叱られることで、全体のムードを引き締められた手腕もさることながら、美咲さんの役者魂や表現者としての真骨頂を見た思いがしました。
全体のスケジュールの半分を越し、残り8ヵ月かけて、この舞台劇がどう成長していくか、引き続き見守りたいと思います。美咲さんをはじめ、主要キャストの方々に短い時間でしたがインタビューをさせていただきました。ここで紹介しましょう。
大垣孝夫さん/クリングラー教授・井深大さん役(ダブルキャスト)
これまでやゆっくりと進んできた稽古ですが、ようやくネジが巻かれてきました。これからどんどん良くなっていくと思います。私自身は鈴木先生がベルリンでヴァイオリンを習うことになったカール・クリングラー教授と、ソニー創始者でのちに幼児開発協会を発足させた井深大さんのダブルキャストを演じさせていただきます。とても楽しみにしています。
杉浦紀行さん/鈴木政吉役
政吉役の杉浦さんを演出する美咲さん 美咲先生からのオファーで、この役をいただきましたが、今日の稽古では、これまでの稽古内容を忘れていたことが多々あり、先生に叱られてしまいました。僕自身、子持ちで幼児を持つ父親の感覚はわかりますが、こういう偉大な父親の役作りは難しいですね。稽古に入る前に、政吉さんや鈴木先生のことを勉強させていただきました。自分だったら、社長の後継としてやってほしいのに、ヴァイオリニストの道を歩むことになる鎮一を送り出すだけの器を持てるだろうかと思ってしまい、政吉さんの度量の大きさに驚きます。演技に関しては、与えられたセリフだけでない、バックグラウンドの部分をしっかりと理解したいですね。よくいうところの土の匂いも感じられるくらいの役者でいたいです。「楽しみにしていてください」と言えるように、自分にプレッシャーを与えているところです。
成田俊郎さん/鈴木鎮一役
ヴァイオリンの構え方などは、今後、鈴木裕子先生のご指導を受ける予定だそうです 美咲先生とは、25年くらいのお付き合いになります。これまでも木曽義仲、真田幸村、武田信玄など、美味しい役をいただいてきました。今回も主役ということで、精一杯がんばりたいです。かつて、ある時期に幼児教育の世界におり、幼稚園の先生や聾学校の幼稚部を経験してきました。子どもの存在を受け入れて、その中から子どもたちの能力が育つことを体験してきたので、今回の鈴木先生の音楽を通して人間を育てるという考え方も、幼児教育や障害者教育の世界と共通するところを感じます。ですので、とてもいい経験をさせていただいております。鈴木先生の講演されているDVDを拝見して、鈴木鎮一という方の偉大さを思ったり、単純にすごい人と片付けるのではなく、「人は環境の子なり」とおっしゃった鈴木先生の周りの環境はどうだったのかなというところにも思いを馳せております。だから僕が主役なのではなくて、周りの「環境」が主役だなと。YouTubeなども見て、ユーモラスな部分とか参考にしています。こちらの気持ちが動かされる方ですよね。自分でできるかわかりませんが、見て思った感動を素直に伝えたいですね。「そう、ああいう方だったよね」と言われるような鈴木先生でありたい。美咲先生の演出を信じて、演じていきたいと思います。
美咲蘭さん/お良さん・ワルトラウト夫人役(ダブルキャスト)
シューマンの歌曲を思い入れたっぷりに歌われる美咲さん。とても味わい深い佳品です 少女時代から舞台をしてきていますので、長年の経験で見えてくるものがあります。「ひたいを舞台に見立てて」とこの世界でよく言われる表現は、客席から舞台を客観視してみることですが、子どもの頃はわかりませんでした。今では、演じる方たちの動き方とか性格、歩幅まで理解できる下地はできていますので、この役者さんならこういうチャレンジをしてほしいと思い描きながら楽しんで演出しています。子役の皆さん、それに1日付き合ってくださるお母さん、一般公募で集まってくださった皆さんが、お稽古日に合わせて各地から来てくださるような地道な努力には、本当に頭が下がります。
私は高校時代に、ノセメガネの先代の能勢豊会長のご紹介で、才能教育会館に出入りさせていただくことがよくありました。あそこへ行くと鎮一先生の優しさとオーラがいっぱいで、とにかく楽しいおじちゃまといつもお話ができるのですから、居心地が良かったですね。当時はヴァイオリニストの志田とみ子さんのお父さんが事務局にいらしたんです。
大学時代の夏休みに、京都に行って劇団を作ることを鈴木先生にお話ししたら、「私は音楽で人を育てるから、あなたは演劇で人を育てなさい」と言われたのです。嬉しかったですね。それで推薦状を書いてくださり、京都のお教室を開いているスズキの先生をご紹介いただき、一軒ずつ訪ね、劇団旗揚げのPRをさせていただいたこともありました。
劇中、ワルトラウトさんが歌う場面を作ったのは、彼女がベルリン時代にソプラノ歌手でもありましたので、今回の舞台でも一度は歌う場面を作ろうと思ったからです。それで、シューマンの「6つのリート」から第6曲「しとやかな蓮の花」を歌うことにしました。蓮の花が月に憧れて、うなじを垂れ、月の光を浴びた時だけ美しく咲ける、という歌です。ワルトラウトさんが鎮一先生と離れて暮らさなければならない気持ちを託す曲として、オリジナルに考えてみました。ページの奥に隠れている鈴木先生とワルトラウトさんの世界を描いてみたかったからですが、鈴木裕子先生も結城さんも、この場面にはびっくりされてましたね。戦争があったとはいえ、15年も離れて暮らしていたのですから、いつでも本国にお帰りになれたでしょうに、帰らなかったのは、鎮一さんへの愛情がワルトラウトさんの根底にあったから。その気持ちを伝えたくて、歌の場面を作りました。
1年半の稽古期間で、これまでは居心地のいい、楽しい環境を作ることを第一に考えてきましたが、今日初めてギューッと絞ることになりました。満座の中で政吉役の彼だけを叱責しましたが、みんな自分のこととして捉えていると思います。「よかったよ、悪いところを除けば」と鈴木先生のように言いたいのですが、全部怒ってしまいましたね(笑)。隠しごとができないし、お上手もできないし、ありったけのエネルギーを出してしまいました(笑)。
実は、京都で立ち上げた劇団のメンバーと松本に戻った時に、才能教育会館のホールを借りて、「ハイジ」とか「ヘンデルとグレーテル」などを公演させていただいたことがありました。最後のカーテンコールの時、鈴木先生が私たちと一緒に手をつないで登場してくださったんです。嬉しかったですね。そして公演後に、貧しい劇団をそっと支援してくださる姿が今でも目に焼き付いています。
だからこそ、9月の本番を迎えるにあたって、鈴木先生が私たちを守ってくださったように、私もこの公演に関わるすべての人たちを守りたいと思います。おこがましいことですが、この公演に参加したことが本当に良かったとその手応えを十二分に感じられるような、残り8ヵ月を過ごしたいですね。
それが私たち一人ひとりの成長につながることになりますし、鈴木先生もそれを一番喜んでくださると思います。演劇を通してぶつかり合っている私たちの集大成を、音楽を学んでいらっしゃる皆様にも劇場で体感していただきたい、そう思っています。クラシック音楽の世界でも、何千回も何万回も同じフレーズを繰り返して作り上げながら、ハーモニーを作るように、私たちも同じ。人の営みを通して、人間的な成長を果たしたいと思っています。
9月29日(日)、みなさまのご来場をお待ちしています!