鈴木鎮一先生に関する、注目の書籍が
ハーバード大学出版会から発刊されます。
ニューヨーク在住の歴史研究者、堀田江理さんによる渾身の力作、"Suzuki: The Man and His Dream to Teach the Children of the World "が、11月15日にハーバード出版会から発刊されます。
かつて、ニューヨーク・タイムズ国際版コラム向けに書かれた原稿を、機関誌No.190(2014年冬号)向けに和訳していただき、「スズキ・メソード:見落とされる続ける、日本最大の文化的輸出物」として寄稿していただいたことがありました。その時にも、鈴木鎮一に関する書籍を将来、刊行したいと夢を語っておられた堀田さん。以来、7年に及ぶ取材、執筆に力を注がれ、このたびの発刊に漕ぎ着けられたことになります。
今回、執筆にまつわるご苦労など、ご本人から特別にメッセージを寄せていただきましたので、早速ご紹介しましょう。
鈴木鎮一先生は、魅力的な研究対象!
その人生を通して、「才能教育」を歴史の中で捉え直したい!
堀田江理
11月15日に出版される拙著、"SUZUKI - THE MAN & HIS DREAM TO TEACH THE CHILDREN OF THE WORLD"(スズキ-その人物と世界の子どもを教える夢)を、「マンスリースズキ」でご紹介いただけるとのこと、大変光栄です。この場をお借りして、なぜ私が本書を執筆するに至ったのかを手短かにお伝えできればと思います。
もとを正せば、私が「鈴木鎮一」という人物に興味を持ったのは、高校生の頃、たまたま書店でロングセラー『愛に生きる』(講談社現代新書)を目にした時でした。その頃の日本はバブルの最盛期で、少なくとも表面的には非常に薄っぺらく、うかれ騒いでいる社会でした。そのような雰囲気のなかで、「愛」を説く本の存在は新鮮に思われ、かつ非常に興味を引かれるもので、私はそれを早速購入し、家に帰って一気に完読したことを、昨日のことのように覚えています。そしてその頃すでに90歳を超えておられた鈴木先生が、精力的に教育活動に携わっておられるということにも、深い感銘を受けたのです。漠然とですが、もし自分が将来子どもを持つことがあれば、「才能教育」の理念に導かれた子育てをしたいとも、考えるようになりました。
月日は流れ、誕生した一人娘は、普段生活するニューヨークで、そして一時帰国する際は東京で、スズキ・メソードの先生方にヴァイオリンを指導していただくようになりました。日本では安田廣務先生の大岡山教室に通い、札幌や松本の夏期学校に参加したことも、貴重な思い出です。
私も「スズキ・ペアレント」の端くれとして学ぶことが多く、こと家庭での毎日の練習には、それまで想像しなかった実践の難しさという問題に直面することになりました。また、より広い意味では、鈴木先生の素晴らしい教育理念を、ヴァイオリン以外の分野にどうすれば生かすことができるのか、真の人間教育とはどういうものなのかを考えさせられ、家庭で行なうことができる教育の限界も痛感するようになったのです。
その延長で、鈴木先生が日本の敗戦後間もなく、社会運動として提唱された「才能教育」を、より深く、より広く、歴史的文脈のなかで理解したいという気持ちも生まれてきました。20世紀の国際関係、国際史を専門としてきた私の目には、まさに20世紀のほとんどを、情熱と愛をもってしなやかに生きられた鈴木先生の人生が、どうにも魅力的な研究対象として映るようになったのです。
執筆に着手してから7年の年月が経過し、娘はヴァイオリン、ヴィオラの勉強を続けてはいますが、スズキの教室から巣立って久しく、もう中学3年生になりました。そしてここ数年間でいえば、私たちはコロナ禍という、世界規模の危機を経験しました。世界中の子どもたちを教え、導き、皆が最大限の能力を発揮できる社会を夢見た鈴木先生が、現在の私たちをご覧になったら、何を思われるのかを考える今日この頃です。もちろんその答えは分かりません。しかし周りを見る限り、学問、音楽、芸術などに、楽しみながら触れ、それによって培われた心が、多くの人々を救い、長く暗いトンネルを抜ける手助けをしていると、思わざるを得ません。
まさに鈴木先生は、1956年発刊の『育児のセンス』(理想社)で、こう述べられています。「淋しくはかない人の一生の上に、愛情を育て、愛情に生きる努力は、人生の最大のオアシスを自分で作っていく唯一の生活のよりどころだと思います」。人任せにせず、一人ひとりが自分の人生に責任を持ち、自分の内にオアシスを作り上げる努力を惜しまない。この究極の個人主義の先に、愛と理解に満ちた社会が、見えてくるのではないでしょうか。
こちらニューヨークでは、出版に先駆けて、ウォール・ストリートジャーナル紙に、本からの抜粋が掲載されました。そのような反響はひとえに、「スズキ・メソード」の持つ求心力の現れだと確信しています。執筆に際しては、才能教育研究会の皆様に、さまざまな形でご協力いただきました。とくに豊田耕兒名誉会長、早野龍五会長には、太平洋をまたぐ、長時間にわたるインタビューを含め、惜しみないご助力をいただきましたことに、心より御礼申し上げます。
堀田江理・略歴
堀田江理さん