鈴木鎮一先生選の一茶俳句100句の英訳、連載10回目、最終回です!
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俳句の背景〜宮坂勝之
一茶の人生、俳句とスズキ・メソード
信州の寒村出身の一茶の人生は恵まれたものではなく、作ったとされる2万を超える俳句にはその影響が色濃く表れています。優雅な言葉や深遠な解釈を求める表現は少なく、身近な自然や足元の小さな草花や生き物、そして子どもたちへの思いやりを、あたかも自分が地面にひざまずいて見ているような、子どもの視線で表現した句が多くあります。子どもにも伝わるユーモアもあり、むずかしい説明も必要なく子ども心に素直に響き、俳句に描かれた情景とともにいつまでも心に残ります。
鈴木鎮一は、「一茶の俳句にモーツァルトを感じる」とよく言いました。子ども心にも、底抜けに明るく親しみやすい旋律の繰り返しとは別に、哀愁を感じさせる美しい響きを感じる部分や曲も多いなと感じていました。鈴木鎮一はそうしたところに着目して、幼児教育の教材に100句を選んだのだと思います。
スズキ・メソードでは、音楽教育とともに、一茶の俳句の暗唱を通じて、美しい日本語の感性を育てるのに役立てています。楽器に触る前に俳句を覚える小さな子もいます。最初はガリ版刷りで生徒に配られたスズキ100選句でしたが、昭和56年には童画作家・黒崎義介氏、書道家・秋山貴美子氏により、日本語の美しさ、漢字の学習も兼ねたツールとした「一茶百句俳句かるた」が制作され、現在でも版を重ね使われ続けて来ています。
2020年の東京オリンピックを機に、日本語を理解できない方々にも日本の文化を広く海外に知っていただく目的で、一茶の俳句の英語化とともに絵も「きりえ」で一新しました。また、プロの噺家(はなしか)による本物の日本語と英語の読み上げも添えられました。世界に40万人とされるスズキ・メソードで学ぶ子どもたちにも、俳句の心が伝わって欲しいと願っています。
スズキ・メソード
誰であっても、生まれた時から、その土地の言葉を毎日繰り返し聞く環境にいると、自然にそこの言葉が話せるようになります。この母語習得機能に着目し、幼い時から聴かせることにより育てる教育法です。説明や理窟がわかる前から、良い音楽を毎日繰り返し耳にさせることで、自然によい音感や感性が身につきます。良い芸術に触れさせることも同じで、その中には一茶の俳句の暗唱も含まれます。
子どもは自分では始められないため、環境を整え、一緒に歩む親の意識と努力の存在が重要です。指導者は親を助け、子どもの長所を伸ばします。子どもは親や指導者に礼節を持って接し、自分自身の心で音楽を感じられる人間に成長します。美しい音や、仲間と一緒に合奏する楽しさを感じ、競争心ではなく、弛まず努力し続けることの大切さを学びます。
「人は環境の子なり」、「急がず、休まず、諦めず」というスズキのモットーは、社会環境の変わった今も変わりません。スズキ・メソードが始まった頃の、戦争で荒廃した日本は、生きるのも大変な時代でした。当時でも、あるいは当時だからこその競争はあり、抜きん出て早く技術的に難しい演奏ができるようになる子もいました。しかし、個々の生徒の特性に応じたゴールを設定した指導が行われました。
現在は、親が一緒に過ごせる時間が限られた極端な競争社会であり、性急に結果が求められ、突出した能力だけが注目されがちです。しかし、人間としての幸せに必要な適応力などの非認知能力の涵養が幼小児期に時間をかけて育まれることに変わりありません。時代に即した方法で、良い環境を与える親や保護者の存在がとても大切です。
スズキ・メソードでは、ヴァイオリンやピアノなど様々な楽器の指導が行われ、プロの演奏家になる人も確かにいますが、目的は平和な心を持った良い市民を育てることです。
非認知能力
知能テストや学力テストなどで測定できる「認知能力」とは違い、思いやりや善悪の判断、周囲との協調、美しさの感覚など、数値では表せない心や感情に関わる資質を「非認知能力」と言います。この能力は、脳の発達上幼児期から就学頃までに最も育まれるとされ、感性や適応力、忍耐力などの人間性の形成の根幹を作り上げます。
鈴木鎮一は、70年以上も前、この時期に、美しい芸術に繰り返し触れることの大切さに着目し、親がその環境を作ることの大切さを、スズキ・メソードとして広めました。近年、成人になってからの生活での非認知能力の重要性が認識され(ノーベル賞学者のヘックマン博士)、英才教育ではない幼児教育に力を注ぐ社会になって来ています。学力至上の競争社会から、思いやりを持った共生社会であり、平和な世界につながるものです。
人は環境の子です。どの子も大きな可能性を持っています。生まれ持った遺伝子が関係するのは当然で、それは体格や身体能力の差などとしてわかりますが、それだけではありません。非認知能力とされる社会性や感性などは、親や周囲の行動から自然に身につき、以後の人間性に影響することは、生まれた時から狼に育てられた人間の子どもが、まったく人間の言葉を理解できず、狼の行動しかできなかった例からも明らかです。
今月で最終回。91句〜100句を紹介させていただきます。
また、スズキ・メソード公式サイトの会員ページからは、この100句の日本語を立川志の輔師匠、そして英語をパックンにお願いした音声データをリスニングすることもできます。鈴木先生が選ばれた一茶の俳句への特別な思いが込められていますので、ぜひお楽しみください。
→スズキ・メソード公式サイト会員ページ
著者・演者の紹介
宮坂勝之
長野県生まれ。小児科医、麻酔科医。スズキ・メソード初期の生徒で、1947年(3歳)からヴァイオリン、一茶の俳句を習う。カナダ、アメリカ留学後、国立成育医療センター、長野県立こども病院、聖路加国際病院などに勤務。在宅医療児支援、日野原いのちと平和の森活動などに参加。和洋女子大学長補佐。スズキ・メソード顧問。聖路加国際大学名誉教授。
宮坂シェリー
米国ニューヨーク生まれ。ペンシルバニア大学で心理学専攻。トロント大学日本語学科を経て、文部省奨学金にて東京学芸大学へ留学。1977年より日本在住。スズキ・メソードの生徒の母親として息子たちと俳句暗唱に参加。日本語能力試験N1、華道池坊華監。外国人知的障害児教育、医学英語論文編集などに関わる。
柳沢京子
長野県生まれ。信州大学教育学部美術科卒業。信州の自然、いのち、平和をテーマにした独自の切り絵の作風が注目され、国内、欧米各地で個展開催。公共施設での展示、長野冬季五輪(1998年)企画に参画。1977年「柳沢京子一茶かるた」(奥野かるた店)、2017年「一茶365+1きりえ」(ほおずき書籍)など一茶関連作品出版。
立川志の輔
富山県生まれの落語家。明治大学卒業。サラリーマンを経て立川談志に入門。1990年真打昇進。古典から新作まで幅広い芸域で知られる。北海道から沖縄まで全国各地のほか、定期的に海外公演も行なっている。2015年紫綬褒章受章。1995年より現在まで続くNHKの長寿番組「ガッテン!」の司会で知られる。2018年より富山国際大学客員教授。
パトリック・ハーラン(パックン)
アメリカ・コロラド州出身のお笑い芸人・コメンテーター。ハーバード大学卒業。1993年来日。英会話学校講師などを経てマックンと組んだ漫才コンビ「パックンマックン」で広く知られる。幅広い領域で活躍するタレントである。立川談志(志の輔の師匠)とも共演。東京工業大学リベラルアーツセンター非常勤講師。
日本語解説ナレーション/宮坂久美子
長野県生まれ。信州大学大学院修士課程終了。元JICA海外協力隊員。
英語解説ナレーション/宮坂シェリー